カルチャー

みずからの爪を道具に織る、4000年前より続く「つづれ織り」の世界

【清原織物:滋賀県守山市】

織ることの原点はくり返し。
4000年のはるか昔からほとんど変わらない。
右から左、左から右へと糸を交互に通しながら
数百、数千、数万回とくり返す。最初はたった1本の糸が、
くり返すことで布になる。ガシャン、ガシャン。
心地よい織り機のリズムと、それを動かす手と足と。
古代の人もきっとこうやって織ってきた。
柄を表現する織物としては
世界最古と言われる「つづれ織り」。

織物文化に疎い私が、その存在を知ったのは
Twitterで偶然、目にしたこの写真だった。

ちょっと待って。これは何かの作品なのか?
人間の体を、一部を、爪そのものを。
現代アートか、それともこれは……。

最高峰の美術織物「つづれ織り」

つづれ織り1

みずからの爪を道具の一部にして織りながら、
高度な技術で美しい模様を描くという。
“爪で織る芸術作品”とも言われるつづれ織り。その起源は古く、
4000年前のエジプトピラミッド王の墓で発見されている。

日本へは飛鳥時代に大陸文化と共に中国から伝来し、
平安時代には、高度な技術を持つ職人たちが京都に集結。

その美しい織物は美術品としての価値を高め、
朝廷や徳川幕府に献上されるなど、
日本最高峰の芸術品として愛されてきた。

外観

先に紹介したTwitterの投稿者は、
つづれ織り発祥の地・京都で、室町時代に創業の「清原織物」
11代目当主である清原聖司さん。

明治6年に京都の御室(おむろ)から場所を移し、
現在は滋賀県守山市に本拠地があるという。

じつは偶然にも、守山市は私が住んでいる街。
しかも車で10分ほどの場所に!
これはもう取材に行けという天からの啓司なのか
という大げさな思い込みを胸に、
5月のある日「清原織物」の工房へとおじゃました。

美しい織物は、人間の集中力の結晶

あのギザギザに削った爪にはどんな理由があるのか。
つづれ織りはどうやって織るのか、
まずは動画でその繊細な世界を見てほしい。

このリズム、この動き。
サイズの大きなどん帳や祭事用の幕は、
1日に5ミリから7ミリほどしか進まないという。

人間を動かすのが心臓で、
車を走らせるのがエンジンなら、
織物織機を動かすものは、
人間の“集中力”というエネルギー。

織師

「織る」ことだけにすべての神経を尖らせながら
数百、数千、数万回とくり返す。
職人ならではの手さばき、足さばき。

気の遠くなる反復運動によって、1本の糸は布となり、
模様が描かれ命が宿っていく。


つづれ織りの職師に話を聞くと、
「織っているときは無心です。
考えごとをしていたら、織りが歪んでしまいますから」と返ってきた。

イライラや不安、誰にでもある心のザラつきを抱えたままでは、
織物にすべてあらわれてしまう。


つづれ織りは、横糸の角度や引っ張る力の加減など、
繊細なバランスが調和されてはじめて美しい布として完成する。
その強度や耐久性は、本革よりも優れているというから驚きだ。
なかでも無地を美しく織ることは熟練の職人でも難しいとされている。

緻密な絵柄や美しいグラデーションは、
使う糸の色数に制限がない手織りならではの仕上がり。
織師が自らの感覚でコントロールしながら、
無数の糸を使ってさまざまな文様を感性のままに表現する。

糸

糸の色を変えるたびに、織り方も変える。
その数ミリ単位の違いに気づく繊細な感受性が、
芸術品のように凛とした佇まいをみせる織物の世界を作り上げていく。

それを見て「美しい」と声が漏れる時、
きっとその裏には、緻密な作業と人間の集中力がうずたかく積もっている。

とことん「いま」にのめりこむ

爪を研ぐ

朝、工房の織機に座り、まずは爪をノコギリ状に研ぐ。
毎日のルーティーンがはじまる。

清原織物で最高齢の93歳、いまでも現役の織師である今井さんは
織機に座ったら、必ず拝んでから織りはじめるという。
今日も仕事ができることに感謝をするのだ。

最高齢の織師
最高齢の織師、撮影当時93歳の今川さん(写真提供:清原織物)

織物は人の心をうつす鏡。
よけいなことを考えていれば糸の織りにあらわれる。
とくに横糸だけで複雑な柄を織りなすつづれ織りは
どの色をどんな力の加減で織ると、どんな柄が浮かび上がるのかを
計算しながら、図案をもとに美しい世界を作り上げる。

この「いま」を織りながら、未来を生み出していく。
織師という仕事は、とことん「いま」にのめり込むことでしか完成しない。

逆に言えば、よけいなことを考えているときは、
だいたいが、心ここにあらず。
「いま」に心がないなら、美しい模様も色合いも
豊かな感性さえも、織り込むことはできない。

織機に祈り、無心で集中する姿は、
きっと、真っ直ぐな心をよりどころとしている。

織物体験

織機に座り、実際にやってみるとこれが難しい。
両足は踏木を交互に踏みながら操作し、両手は左右に動かす。
この身体の使い方が、さっぱりわからない。
日常生活のなかで、こんな動きは経験したことがない。

歩くことは、意識せずにできるからこそ「日常」なのだ。
どうやって動かそうかと悩んでいるうちは歩くこともできないし、
きっとそれは「非日常」に属している。

織物正面

そう考えてみれば、身体の使い方も何に集中するのかも、
織師と私の「日常」は当然のことながらぜんぜん違う。

同じいまでありながら、別の世界を生きているのだ。
それなら理解し合うことや、わかり合えることは、
じつは奇跡に近いことなのかもしれない。

気を抜くとすぐによけいなことばかり考えてしまう私を横目に
清原さんが清々しい声で言った。

「見てほしい場所があるんですよ」。

道具こそがすでに「作品」

どん帳工場

案内されたのは「清原織物」の工房から
車で3分ほどの場所にある「どん帳工場」。
60年以上前に8代目の岩次郎が地元の大工と共に造ったという。


14mもの巨大な木製の織機は、おそらく国内最後の一機。
長らく使われていなかったその織機を再稼働させたのが
現在の11代目、清原聖司さんだ。

暑い夏の日、ほぼ倉庫になっていた工場の荷物をひとりで撤去し
黙々と整備をすすめた。埃をかぶったままの状態で、
この織機を眠らせていてはいけないと、強い使命感を抱いたと言う。


「建物と一体化したその織機の佇まいは、人為的にはつくりだせない
“何か”を感じさせる気配がありました」と話す。

およそ60年前、3代前の先祖はこの工場で、
最高峰の芸術品とも言われるどん帳を作ってきた。


作品を創り上げようとする集中力や、手に握る汗、熱気、無心の反復運動。
織師の感受性が、道具を通じて昇華されていく。

織機は道具でしかないが、その道具にこそ織師の
魂のようなものが込もっているのかもしれない。

「意図せずに織機に宿ったその”何か”を眠らせてはいけない」。

そのために、つづれ織りを100年後も残していきたいと清原さん。

百年後も残していくために

つづれ織り
最高の芸術品は、日常から浮遊した場所で輝きながら、
観賞されることで価値を増すが、
どうしても見る場所や見る時を限定する。

そうではなく、もっと暮らしの身近な場所に。
特別な日や祝いの場で芸術品として価値を高めてきた
つづれ織りの存在感を残しながらも、
この日常に溶け込みながら、100年後にも残るもものづくりを。
そんな想いから11代目当主が立ち上げたブランドが「sufuto」。

sufuto

芸術作品としての感受性を残しながらも、
4000年前のつづれ織りの起源と
いまの時代の空気がコラボレートして生まれた、
日常でも手に取りやすい商品が店頭に並ぶ。

右へ左へと糸を通す織物の道具「シャトル」は、
行っても必ず帰ってくる、往復するという意味から
スペースシャトルの語源にもなっている。

清原聖司さん

「4000年前にエジプトで見つかったつづれ織りが、
いまこうやって日本で、昔と同じように織られている。
今度は私たちが、シャトルをまた海外へかえす番だと思っています」。

日本のこの今の空気をつづれ織りに込めながら、
起源の地である国外へとシャトルをかえす。
そうやって時代と国境を往復し続けながら、日常のなかで輝きを増す
世界最古の織物は、使われることで歴史を刻んでいく。

誰かの手に渡り、いつかすり減って、色あせたとしても。
織師が込めた無心の集中力と、
使う人の心に育った愛着の芽はいつか交差して、
新たな歴史を織り続けていく。
そのサイクルがある限り、きっと途絶えることなく
この先も受け継がれていくのだ。

(文:亀口美穂)

記事を書いた人
亀口美穂/しがトコ立ち上げ編集長。結婚・出産を機に大阪から滋賀へ移住。琵琶湖は滋賀の真ん中のアート作品だ!とトリコに。湖と空の水平線、広がる田園風景、遠くの果てばかりを眺めていたら、詩を書きたい気持ちが生まれる日々。琵琶湖は青春っぽさにつながっているはず。

『清原織物』を地図でみる

ギャラリーも併設

清原織物

→大きい地図で見る

『清原織物』の店舗詳細

住所
〒524-0011 滋賀県守山市今市町136−1
【→地図】
営業時間
8:30-17:30
定休日
土日祝
電話番号
077-583-5711
公式サイト
https://kiyoharaorimono.jp/
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