【江北(こほく)図書館/滋賀県長浜市木之本町】
紙の匂い、静寂の音。
時が止まったような図書館に並ぶ、
歴史を紡ぐ、古い本。
100年をこえて地元の人の手で守られてきた
滋賀県最古の図書館『江北図書館』。
玄関をくぐると、
いきなり昭和の時代にタイムスリップ。
本棚には見たこともない本たちが並ぶ、
不思議な世界が広がっていました。
創立120年以上!全国的にも珍しい”私立”の図書館
滋賀県長浜市木之本町。
木ノ本駅のすぐそばに、
明治時代から続く『江北図書館』があります。
一般的な公立図書館と違うのは、
地元出身の弁護士・杉野文彌(すぎのぶんや)によって創設された
私立の図書館であること。
こうした私設図書館は珍しく、
全国に19館しかありません。
江北図書館はなんと創立120年以上!
全国でも3番目に古く、
滋賀県では現存する中で最も古い図書館です。
たった一歩でタイムスリップ!玄関を抜けると昭和の世界
建物自体は地元の建設会社によって
昭和12年に建てられたもので、
旧郡農会が使用していたものを
昭和50年に図書館が購入し移転してきました。
玄関から一歩入った瞬間から、そこはもう別時代。
ノスタルジックな雰囲気に満ち、現役の図書館というよりは、
昭和時代の木造校舎の中を歩いているかのよう。
図書館を運営されている
「公益財団法人江北図書館」の
理事会の方々に案内されつつ、
「一番の見どころ」だという2階へと上がっていくと、
まるでレトロな洋館の一室を時間ごと切り抜き、
現代に持ってきたかのような大きな閲覧室がありました。
広々としたした昭和モダンな部屋の床は畳敷き。
その上には創立当時からあると伝わる書架が並び、
背の高いアーチ窓が連なる向こうには、
色づき始めた紅葉の木が顔を覗かせていました。
ここが自由に本を読める閲覧室であることが、
にわかには信じられません。
しかも館内は飲食も撮影も自由という
私設ならではの大らかさにも驚きです!
配架されているのは「役に立たない実用書」?
江北図書館ならではの
特徴がもう一つあります。
江北図書館は私設であるがゆえに、
公立図書館よりも資金に限りがあり、
絵本以外の新刊をなかなか入荷できないそうです。
だから書架をよく見ると古びたものばかり。
もちろん中には戦前に発行された貴重な書物もありますが…
「ここにあるのは『役に立たない実用書』と呼ばれています」
そう笑いながら話すのは、館長の久保寺容子さん。
棚にある昭和時代の料理本には電子レンジが一切登場せず、
「マイコン入門」と私の世代では言葉の意味すらわからない実用書も。
中には現代の価値観にそぐわないタイトルも多数あり、
公立の図書館では所蔵が難しいともいわれていますが、
そういう本を残せるのが、私設図書館の強みだと館長は語ります。
閲覧室の中を見学していると、
現在でも続く有名雑誌の数十年前の
バックナンバーを発見した私たち。
「ほら! この手書きのイラストとか、今では斬新ですよね」
表紙や当時の記事の内容に大盛りあがり。
古いけど、新しい。
役に立たないけど、面白い。
「確かにこんな時代があったんだ」
知らなかった過去と気軽に出会える、
江北図書館ならではの空間がそこにはありました。
今でもアナログ式!江北図書館だからこそ見られる光景
江北図書館が設立された頃は
周囲に公立図書館の類はなかったことから、
地域の公共の図書館として認識されていました。
2階に展示されているこちらの
岡持ちに似た箱は巡回文庫用のもの。
この中に本を入れて周辺の小学校に周り、
図書の貸し出しを行っていたそうです。
こちらの棚に入れられているのは検索カード。
今でいう蔵書検索システムです。
人力だった蔵書検索も今ではすっかりデジタル…
ではなく、江北図書館では今もアナログ式!
蔵書を探す手掛かりは職員さんの「経験と勘」が頼り。
貸し出しの際は手書きのカードに記録して
やりとりされているそうです。
「当たり前にそこにある」私設だけど公共の場所
「ほら、ここにカメラを置くといい写真が撮れますよ」
2階を見学中、そう気さくに撮影スポットを教えてくれたのは、
理事長であり木之本育ちの岩根卓弘(いわねたかひろ)さんです。
岩根さんにとってここはやはり、
昔から思い入れがある場所だったのでしょうか。
そう尋ねると、岩根さんは苦笑い。
「いえ、昔は読書感想文の本を探しに利用したくらいです。
私にとって江北図書館は、『ただそこにあった』建物でした」
江北図書館の魅力を知りはじめたのは、
紆余曲折を経て支える側になってからだそうです。
取材の間も、地元住民と思しき利用者が何人か見えました。
中にはお孫さんを連れたおじいさんの姿もあり、
紅葉の下で二人でのんびりお弁当を食べていました。
今でこそ観光地として知られはじめた江北図書館ですが、
多くの住民にとっては「当たり前にそこにある」存在でした。
しかしその「当たり前」は120年に渡り、
じつに多くの人々に支えられてきたものでした。
江北図書館は私設ゆえに収入は限られ、
創設者の死、市町村の合併、少子高齢化など、
存続が危ぶまれた時期が何度もありました。
厳しい経営状況は現在でも続いており、
修繕費さえままならない状況を改善すべく、
2022年にはクラウドファンディングを実施したところ、
「古い建物が潰されていくのはもったいない」
そんな共通の想いが県内はもちろん全国各地から集まり、
数多くの支援が届いたそうです。
途絶えたものは二度と戻らない
「本がある空間が地域にあれば」
苦学生だった頃に図書館に助けられた経験を持つ
創設者の杉野文彌のそんな想いが、
この地に江北図書館が誕生したきっかけでした。
理事の山内美和子さんはこう語ります。
「昔から受け継いできたものは、途絶えると二度と戻りません。
みんなが集まれる場所を、私たちの世代から残していかないと」
近年では高齢化などで月極契約者が減った駐車場の敷地も、
逆にその空きスペースを使って、古本市などのイベントを開くなど、
地域交流の場を作る取り組みをされています。
また遠方に住んでいる人も、
現地を訪れ、気に入った本があれば、
後日郵送で返却してもらうという形で貸し出しも可能。
「いい建物を残したいな」
「すごい本があるな」
訪れた人に図書館のことを知ってもらいたい。
人と人、人と本が出会える場所を地域に残したい。
その想いのもと続けてきた活動は
やがて県内外にも知られるようになり、
大手企業の文化財団から表彰を受けるなど、
全国から徐々に認められつつあります。
「役に立たなくていいから、ポケットの中をいっぱいにしてほしい」
江北図書館を利用してみようと思っている人に、
何かメッセージはありますか?
そう尋ねると、館長の久保寺さんは
優しい口調で語りだしました。
「無理に本は読まなくていいんです」
「ただ本を読んでみると、その時に感じた気持ちや、知識、体験を
自分のポケットに入れられます。
そうして言葉や体験を詰め込んだポケットは、無限の道具箱。
今すぐは役に立たないかもしれないけど、
『いっぱいあると後で引きだせるから便利だよ』と伝えたいですね」
そのきっかけが図書館になればいい。
「だから本のある空間が必要なんです。
たった一つでもいい出会いがあれば、
次につながってゆけるから」
新たな地域交流拠点「リブプラス」
そんな次につながる場所が、新たに作られようとしています。
クラウドファンディングで募った資金を活用し、
図書館の傍に新たな地域交流の拠点として建てられるのが、
2024年春完成予定の新館「リブプラス」です。
老朽化が進んでいたトイレも新設され、Wi-Fiも完備。
地元のパン屋さんが入るブックカフェのような
地域の交流拠点になる予定で、
もちろん図書館の本も持ちだせるとのこと!
たくさんの人々に支えられ、
人や、歴史や、地域の出会いをつなげてきた
湖北にある古くて小さな地域の図書館。
一歩中に入れば昭和にタイムスリップし、
見たこともない本ばかりが並ぶ不思議な空間で、
ここでしか味わえない素敵な出会いを
ポケットに詰めこんでみませんか?
(写真:山本陽子 文:結城弘 編集:しがトコ編集部)
- 記事を書いた人
- 結城弘/滋賀県出身。小説家・ライター。滋賀が舞台として登場する小説『二十世紀電氣目録』『モボモガ』を執筆。趣味は旅行、レトロ建築巡り、ご当地マグネット集め、地酒。noteにて滋賀の話題や旅行記事を発信中。各SNS⇒ X(旧Twitter)/ Instagram
『江北図書館』の詳細
- 住所
- 滋賀県長浜市木之本町木之本1362(木ノ本駅前)
- 開館時間
- 10:00~16:00
- 休館日
- 毎週火曜日・水曜日/ 年末年始 (12月29日~1月4日)
- 電話番号
- 0749-82-4867
- 公式サイト
- https://kohokutoshokan.com/