カルチャー

信長の「朽木越え」の先にあった知られざる“山奥の霞ヶ関”。足利将軍が愛した滋賀・朽木の「平和を願う庭園」

【興聖寺/滋賀県高島市朽木】

織田信長が絶体絶命のピンチで駆け抜けた「朽木越え」。
その道の先に、かつて「日本の中心」がありました。

滋賀県高島市、朽木の山奥。
そこは、1万人以上の人が行き交い、
政治を動かしていた、いわば「現代の霞ヶ関」でした。

高島市朽木の「興聖寺」には、
500年前、足利将軍が愛した景色がいまもそのまま息づいています。

「平和を願って、ここで手を合わせておられた」

住職がそう語る「足利庭園」は、
将軍が癒やしを求め、平和を祈った場所。
安倍晴明に代表される陰陽道の思想に基づき、
天文学的な計算で宇宙のパワーを取り込むよう設計された小宇宙。

池に配された鶴石と亀石、そして静かに咲く老椿。
戦国の世に光を求めて造られた「足利庭園」とは?
興聖寺を訪れました。

時代を変える運命の地が朽木にあった?!

大河ドラマ『豊臣兄弟!』。
いよいよ物語が大きく動く、織田信長の「朽木越え」が描かれますね。

命からがら信長が駆け抜けた滋賀県高島市、朽木(くつき)。
「なぜ、あんな山奥を通ったの?」
そんな疑問を抱きながら訪れた朽木で、
私たちしがトコ編集部は、時空が歪むような(?!)驚きの歴史に出会いました。

「ちょうど今の永田町や霞ヶ関が、
ここへ移ってきたような。日本の政治がここで行われていたんです」

そう語るのは、朽木にある興聖寺(こうしょうじ)住職。

そこには、かつて「朽木幕府」とも呼べるほどの、
日本の中心地がありました。

1万人以上が移動してきた、戦国時代の「臨時政庁」

12代将軍・足利義晴、そして13代将軍・義輝。
室町幕府のトップたちが、京都の戦火を避け、
命がけで逃げ込んだ先がこの朽木でした。

「1万人から2万人の方がついてこられて、ここで行政を行っていた」という住職の言葉に、
当時の熱気が伝わります。当時の朽木は、単なる避難所ではなく、
日本を動かす政治のハブとして機能していたのです。

なぜ、朽木だったのか?

そこには、岩盤が強固で地震に強く、洪水の影響も受けにくいという、
鎌倉時代から知られていた「もっとも安全な場所」という根拠がありました。

宇宙と繋がる、天文学的な「平和の象徴」

そんな将軍たちが身を寄せたのが滋賀県・朽木。
興聖寺にある「足利庭園(旧秀隣寺庭園)」です。

一歩足を踏み入れると、そこには500年前から変わらない、静かな宇宙が広がっていました。

「わざわざ広島の厳島神社から弁天さんを勧請して、地球の平和を願ったと言われています」

住職がそう語るこの庭園は、
実は緻密な計算に基づいた「戦略的装置」でもありました。

キーワードは「安倍晴明」に代表される陰陽道の思想。

橋の方向は「春分・秋分」の日の出に合わせ、
「夏至」の日の出の方向には直線的に石が並び、
「冬至」には、特定の石にまっすぐ日が差し込む。

「冬至のときに日が差す石がありまして、
そこに座り、日の光(エネルギー)を受けておられたんです」

将軍自身がその石に座り、宇宙の力を体に宿そうとしていた……。
そんな情景が、住職の話から目に浮かびます。

さらには、庭園内の石を結ぶと「星の形(星座)」が浮かび上がる仕掛けも。
まさに、地上に描かれた小宇宙。将軍が求めたのは、戦いのない、
星々が運行するような「調和」だったのかもしれません。

「500年」の時を刻む、美しき生命の余韻

庭園を彩る「鶴石」や「亀石」。そして、足利義輝が愛したと言われる椿。
視覚的な美しさはもちろんですが、取材中に圧倒されたのは、その地に根付く生命力です。

「この御神木は、約500年経っています。
過去に雷が落ちて幹が半分になってしまったのですが……」

40メートル級の高さを誇るその大木は、半分を失いながらも、
今なお驚くほどの芽を吹かせ、生き続けています。
その姿は、荒波の時代を駆け抜けた信長や将軍たちの生き様、
そしてこの地が守り抜いてきた歴史の強さと重なって見えました。

滋賀にひっそりと続く歴史の息吹

大河ドラマ『豊臣兄弟!』を見て、
「信長が命を繋いだ場所ってどんなところだろう?」と好奇心を持ったなら、ぜひ朽木へ。

そこには「映え」という言葉では収まりきらない、
500年前の将軍が見つめたのと同じ、本物の景色があります。

岩盤の上に立ち、宇宙のリズムを刻む庭園を眺めていると、
日々の忙しさが少しだけ遠くに感じられるはずです。

「ここは一番安全な場所。そんなことが鎌倉時代にどうしてわかったんかなと思いますね」

住職の柔らかな語り口の向こう側に、
かつての「霞ヶ関」の賑わいと、静かな平和への祈りを感じる。

そんな、知的な休日の過ごし方が、今の私たちには必要なのかもしれません。

(取材・文:しがトコ編集部/写真:林正隆)

「興聖寺」の詳細データ

住所
滋賀県高島市朽木岩瀬374
webサイト
滋賀県観光情報[公式観光サイト]
電話番号
077-537-2100
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