このところ、日本各地で続く大雨のニュース。
8月には千葉県で「かつて経験したことのない」とされる集中豪雨が発生。
福井をはじめ各地でも大きな被害があり、9月に入ってからも東京や千葉、東海地方などで記録的な雨が続いています。
さらに、この週末からのシルバーウィークも、秋雨前線や台風の影響が心配されています。
そんな2026年の9月。
じつは滋賀にも、今からちょうど130年前の9月に、とんでもない大雨の記録が残っています。
「琵琶湖大洪水」。
……琵琶湖って、洪水になることあるんですか?
そんな疑問から調べてみたら、想像していた以上の災害でした。
琵琶湖の水位が約4m上昇。水は200日以上も引かなかった
明治29年、西暦1896年。
9月3日から12日までの10日間、滋賀県では1008mmもの雨が降りました。当時の滋賀県の年間雨量約1900mmの半分以上にあたる量です。特に9月7日には、彦根で1日597mmという大雨を記録しました。
その結果、琵琶湖の水位は、
+3.76m。
観測史上最高の水位まで上昇しました。ほとんど4mです。琵琶湖博物館には、その高さを実感できる展示があります。

この、足元に広がる地図の赤い部分は、明治29年の洪水で水につかったとされる地域です。琵琶湖のまわりを囲むように、広い範囲が赤く染まっています。
記録によれば、琵琶湖周辺のほとんどの市町村が浸水被害を受け、浸水日数は237日にも及びました。
死者29人、行方不明5人。床上浸水は3万5000戸を超えています。
今の穏やかな琵琶湖からは、なかなか想像できない光景です。
湖北・長浜市虎姫に残る、明治の水害の記憶
これだけ大きな洪水。
調べてみると、その記憶は、いまも滋賀県内のあちこちに残されていました。

まず訪れたのは、長浜市の虎姫まちづくりセンター。
敷地内に、「明治期水害水点標」と刻まれた石碑が立っています。

側面を見ると、2本の線。
上には、「明治二十八年 七月二十九日水害」
そして下には、「明治二十九年 九月十二日水害」と刻まれています。
じつは虎姫では、明治28年、29年と、2年続けて大きな水害に見舞われていました。滋賀県の記録でも、この石碑は両年の洪水の浸水水位を示すものとされています。

そして、もう一方の側面には、そのとき何が起きたのかが記されています。
碑文によれば、虎姫村では田川の水が停滞し、姉川・高時川の水が逆流。村の家屋の多くが水につかり、住民は天井や屋上へ避難。水が深かったため、長浜から舟数十隻を出して救助したという記録が残っています。
滋賀県が残す当時の資料にも、「全村の家屋殆ど水中に没し」とあるほどの被害だったことが記されています。
この石碑が建てられたのは平成21年。
もともと近くの念信寺には、明治28年と29年の水害水位を示す「水点標」が残されていましたが、寺院の移転に伴い、その記憶を残すため、この場所に石碑として移されたのだそうです。
130年前の水位を、いまも伝え続ける石碑です。
東近江・伊庭にも残る「明治二十九年大洪水碑」
大洪水の記憶が残るのは、湖北だけではありません。
東近江市、能登川駅からほど近い、伊庭にも石碑が残ってます。

ここは、琵琶湖と内湖、水路がつながる独特の水郷景観が残り、「伊庭内湖の農村景観」として国の重要文化的景観にも選定されている地域。
集落の中には今も水路がめぐり、家々のすぐそばに舟が浮かぶ風景があります。
そんな水とともに暮らしてきた伊庭にも、「浸水位 明治二十九年大洪水碑」が残されています。
碑の上部に引かれている一本の線。
明治29年の洪水で、ここまで水が来たことを伝えるものです。

さらに同じ東近江市の小川町。
八宮赤山神社の境内にも、「浸水位之標」と刻まれた古い石碑があります。
滋賀県によると、これも明治29年の洪水時の水位を示すもの。
湖北だけではなく、湖東にも。同じ大洪水の記憶が残っています。
守山や、大津。南湖周辺にも残る洪水の跡

守山市、野洲川に近い浄宗寺にも、当時の最高水位を示す碑が残っています。
碑には、「大水害最高水位」の文字。
その上に刻まれた一本の線が、水の高さを伝えています。

そして大津市、下阪本の酒井神社にも。
こちらの石碑には、「明治二十九年九月十二日」と刻まれています。
長浜から東近江、守山、そして大津まで。琵琶湖の北から南へ。130年前の洪水の記憶は、県内各地に残されていました。
国土交通省も、明治29年の大水害を後世に伝えるため、当時の洪水位を記録した石標や痕跡が、現在も琵琶湖周辺各地に残っていると紹介しています。
こうして見ていくと、「琵琶湖大洪水」というひとつの出来事が、それぞれの地域で、それぞれの形で記憶されてきたことが分かります。
130年前の記憶は、今もすぐそばに
明治29年、1896年9月。
琵琶湖の水位は約4m上がり、湖岸の広い範囲が水につかりました。
その記憶は琵琶湖博物館にも展示されています。

こうやって見上げると、4m、とんでもない高さです。
琵琶湖の水位がここまで上がった―――それが130年前の9月だったのです。
あの日も今の私たちと同じように、大切な家族がいて、守るべき日常がありました。
当時の人々がどんな思いで乗り越え、今日へと続く暮らしを繋いでくれたのか。
県内各地に残された石碑には、その記憶がしっかりと刻まれています。
いつか必ずやってくる災害。
「この歴史をどう受け止める?」
静かにたたずむ石碑は、現代を生きる私たちにそう問いかけているのかもしれません。












