【400万年の古代湖 #02】
400万年の歴史を誇る、古代湖『琵琶湖』。
日本一の大きさだけでなく、
じつは“古さ”もすごいのです。
前回は地層からその歴史に迫りましたが、
今回は、琵琶湖が誕生した頃にさかのぼって、
化石でわかる滋賀の古生物という観点から、
琵琶湖博物館の高橋啓一館長にお話を伺いました!
かつて琵琶湖にはゾウがいた!?
ーー早速ですが、琵琶湖にゾウがいたんですか?
高橋:琵琶湖の中にはいないけどね(笑)
琵琶湖というか、日本中にゾウはいました。
ーーいつ頃までいたんでしょう?
高橋:3万年ぐらい前まではいました。
昔のゾウと言ってもいろいろいて、祖先は6000万年前にさかのぼります。
年代を言ってもピンとこないでしょ?
ーーそうですね、想像できないです。
高橋:でも、「年」を「円」に変えるとハッとわかるようになるんです。
6000万円。どうです?
ーー確かに!急に実感がでてきました(笑)
高橋:例えば、私たちの一生は100円です。
それと比べて6000万円、長さが何となくわかるでしょう?
琵琶湖の生い立ちは400万円、縄文時代の始めが1万6000円ぐらい、
日本にゾウがいたのが3万円です。
ーーだんだんスケール感がわかってきました!
でも、今はいないゾウが、なぜこの辺りで暮らせたんでしょう?
高橋:400万年前、琵琶湖が誕生した頃は
今よりずっと暖かかったんです。
亜熱帯の植物がまだこの辺にも生えていました。
高橋:その後、暖かいと寒いを繰り返しながら
だんだん気温が下がっていくんだけど、暖かい時も寒い時も、日本にはゾウがいたんです。
それでもやっぱり、暖かい気候に適したゾウは寒くなると数が減ってしまう。
で、また暖かくなるんだけど、完全には回復できない。また寒くなると、また減る、もっと減る。
ーーそうやって、どんどん減っていった?
高橋:はい。かつて、この辺りには5〜6種類のゾウがいたことがわかっています。
ーーそんなに!どんなゾウだったんですか?
高橋:基本的に、今と同じようなゾウです。
展示室に化石があるコウガゾウはかつて大陸にいた大型のゾウですが、
それが中国から日本に入ってきて、少しだけ変化してミエゾウになります。
高橋:そのミエゾウが進化して、アケボノゾウという高さ2メートルぐらいの
小型のゾウになったと考えられています。
ーー2メートルで、小型なんですか?
高橋:今動物園にいるゾウはだいたい2メートル、
大きいので3メートル弱ぐらい。それに比べればコウガゾウは4メートルありますから、
今のゾウよりかなり大きいですね。ミエゾウ、アケボノゾウ、それからムカシマンモス…。
この辺ではシガゾウと呼んでいるんですけど、
トウヨウゾウ、ナウマンゾウ、以上の5種類がこの辺で発見されています。
滋賀県でもたくさんゾウが見つかっている!
ーーゾウがよく見つかる場所はあるんでしょうか。
高橋:そんなによく見つかるものではないんだけど、例えば多賀町。
多賀町にある芹川という川では全部で18個、臼歯がほとんどですが、保存のよい牙も1本でています。
1993年には工事現場からアケボノゾウの骨格も発見されました。
ーーそんなに出るのは珍しいことなんですか?
高橋:そうですね。長野県の野尻湖では何十年も発掘をやっていて、
ゾウやシカ、サイの化石などいろいろ出ていますが、
陸上では多賀町ほど出るところはあまりはないです。
ーー多賀町で発見されたアケボノゾウが生きていた頃、琵琶湖はどこにあったのでしょう?
高橋:180万年〜190万年前だと考えられているので、
ちょうど琵琶湖が今の位置で陥没し始めた頃。
まだちゃんとした琵琶湖がない頃です。
ーー多賀町からゾウがたくさん出るのには、何か理由があるんですか?
高橋:理由は、何でしょうかね。
臼歯や牙がまとまって発見されたのは、河原にある石ころがたくさん入っている層からなんですが、
そこに流されてきた同じ大きさのものが、同じ場所に集まっているんだと思います。
高橋:川を見ていると、上流には大きな石、
下流に行くほど小石や砂と、場所ごとに同じ大きさの石がありますよね。
おそらくゾウの歯も、大昔に石ころの一つとして流れてきて
あの場所の2キロぐらいの範囲にたくさん固まっているんだと思います。
ーー滋賀県には、ゾウの他にも大型の動物がいたのですか?
高橋:時代によって違うけど、今この辺で見つかっている大型というとワニ、それからサイ。
ーーええっ、けっこう凶暴なのもいたんですね。
高橋:サイの足跡はね、最初ゾウの足跡だと思われていたんです。
1988年に野洲川でものすごい数の足跡が見つかったんですけどー
ーーすごい、これ全部足跡なんですか!?
高橋:そうです。この当時は、こういう大きな足跡はゾウだってみんな思ったわけ。
でも最近になって、足跡の研究をしている人がこれを見直すと、中に3本指がついているのがあると。
サイの足跡って石膏型をとるとこういう風になるんです。3本指。足跡と同じでしょう。
高橋:これが今、堅田のあたりにある
50数万年前の地層からも発見されています。
一度気づくと、あちこちにあるのが分かりだすんですね。
今やサイの足跡は滋賀県中にいっぱいあります。
ーーでは、これからも何か新しい動物が見つかるかもしれない?
高橋:絶対に見つかります。
私たちが今化石で見ているものって本当に部分的な断片でしかないですからね。
マンモス狩りは現代人の妄想?
ーーゾウとヒトが今の滋賀県あたりで一緒に暮らしていたことはあるんですか?
高橋:あります。滋賀県では2万年〜3万年くらい前の旧石器が発掘されていて、
この辺りには3万年ぐらい前までゾウがいたのがわかっていますから、
その頃に最後のナウマンゾウとヒトが一緒に生活していたと考えられます。
高橋:ただ、皆さん今どういうイメージを持っておられるかわからないけど、
人類がゾウ狩りをした、という説は今はもう崩れつつあります。
ーーえっ、そうなんですか?
高橋:「はじめ人間ギャートルズ」みたいな世界を想像するでしょう。
でもその説は、証拠があまりないんです。
ーーでは、ヒトはゾウを狩ってはいなかった?
高橋:明らかに狩っていたという証拠はものすごく少ないです。
あのイメージはシベリアで作られたんですけど、
シベリアにはゾウの骨を組んでつくった家の遺跡があるんです。
だからゾウ狩りをして家をつくったと思われていたんだけど、
使われている骨の年代を測ると、かなりばらつきがあった。
高橋:つまり狩りをして殺したゾウの骨を使っていたんじゃなくて、
死んだゾウの骨を拾って集めたんじゃないかと。
シベリアの大地には木がないですから、
木の代わりに骨を使ったとういうことがわかってきました。
実際、槍が刺さっているゾウの骨は、世界中に2つか3つしかありません。
ーーそんなに少ないんですか。ではヒトはゾウを狩らずに共存していたと。
高橋:ゾウは狩らないけど別のものを狩っていたでしょうね。
ゾウみたいな大きい動物を苦労して狩るより、小さなシカやウサギを捕まえる方がうんと楽ですから。
だから今、人間がマンモスを駆逐して絶滅させた、という説自体が揺らいでいます。
実は、化石になること自体レアケース!
高橋:そもそも、生きものがどうやって化石になるのか分かります?
例えば私たちがこの辺でのたれ死んでも、化石にはならない。
ここでバタッと倒れたら、まずどうなると思います?
ーーえっと、骨になって…
高橋:最初は警察に通報されます(笑)
ーーそこからですか!(笑)
高橋:警察がなかった頃はどうなったかというと、
まず肉食獣が食べに来ます。それで、骨までかじっちゃう。
ーーじゃあ、下手したら骨も残らない?
高橋:完全に残らないものもあります。
小さい動物は、かなり残りにくい。
季節にもよって残る時と残らない時がありますが、残ったとしても
そのままでは化石になりません。
ーーう〜ん。埋まらないといけないとか、そういうことですか?
高橋:うん、野ざらしだと雨風でどんどんボロボロになって終わっちゃいます。
例えば、ペットとかのお墓を作って埋めた骨ってどうなってると思います?
ーーもしかして、無くなるんですか?
高橋:うん、溶けちゃってる。
3年ぐらいでもうボロボロになって無くなってしまいます。
ーーそんなに短期間で…では、どうしたら化石になるんですか?
高橋:一番よくあるパターンは、
陸上で死んだ動物が洪水で川に流されて、
湖や沼に運ばれて、そこで沈んでいく。
またその次の洪水で土砂が流れてきて、
動物の上に積もってパッキングしていくと。
高橋:湖の底では、流れ込んだいろんなものが腐敗していくんですね。
腐敗するということは、そこにある酸素を全部使っちゃうんです。
だから、湖の底にある泥はかなり酸素が少ない状態で、
無酸素のまま骨がどんどんパッキングされるので、残りやすい。
無酸素だと生きものも住めないので、化石が非常に安定した状態で保存されます。
ーーそれほどの条件がないと化石は残らないんですね。
高橋:そこにゾウの臼歯があるから、ちょっと持ってみてください。
ーーこれがゾウの臼歯…うわっ、重い!
高橋:どうぞどうぞ。これが1本の歯です。
ーー1本?人間の歯とぜんぜん違いますね。
高橋:うん。こっち側が歯の根っこですね。で、ここが噛む面。
これは6本目の歯で、今いるゾウと比べながら詳しく見ていくと、
このゾウが何歳ぐらいかもわかります。
ーーそんなことまで。きれいに残っている化石って、すごく貴重なんですね。
高橋:そうですね。ただのたれ死にしても化石にはならないし、
一生懸命埋めてもならない。そう考えると、骨が残っていること自体が奇跡に近い確率なんです。
そしてそれが発見されるというのが、またすごいことなんですね。
おもしろいものは、すぐ身近にある!
ーー今、目の前に三大古代湖といわれる琵琶湖があって、思うことはありますか?
高橋:琵琶湖を研究のフィールドにしていると、
特別に感じることはやっぱりあります。
でも琵琶湖に限らず、実は面白いものって身の回りにたくさんあるんです。
例えばここに「河原の石はどこから?」という展示がありますが、
普段こんな河原にある石を持って帰ろうと思わないじゃないですか。
ーー石は、あまり思わないかもしれません。
高橋:だけど、それは知らないから。
この石はマグマが冷えて固まった花崗岩で、地下5000メートルよりも深い場所でしかできません。
そんな深いところでできた石が今、なぜか河原にあるんです。なぜだろうって思うよね。
高橋:その横を見ると今度は別の石があって、
その石は日本から2000キロぐらい南のサンゴ礁から
生まれた石だったりするわけです。どうやって運ばれて、なんで今ここにあるんだろう?
そこに気づいた時に、この石はただの石ころじゃなくて何か不思議な物語を持っている
大切なものだとわかるんですね。
ーーなんだかすごく、夢がありますね!
高橋:そういう知識を持てば、
いろんなものがものすごくおもしろいものに見えてきます。
どんなことでも不思議がるクセを身につけて、「これはおもしろい!」と思うものを
普段暮らしている琵琶湖の周りで見つけてほしいというのが、琵琶湖博物館と私からのメッセージです。
ーー「不思議がるクセ」大切にしたいと思います!今日はありがとうございました。
高橋:はい、ありがとうございました。
(写真:鎌田遥香 文:林由佳里 企画編集:亀口美穂)