【しが文化交流プロジェクト/鵜川棚田つなぐ会】
琵琶湖の青と山々の緑が視界いっぱいに広がる、滋賀県高島市の高台。
ここには、室町時代から人々が石を積み上げ、山からの水路を巡らせて紡いできた歴史ある棚田があります。
しかし時代の流れとともに、ここ20〜30年間で耕作放棄地が増加。
特に山の上部は、人の背丈ほどに茂った草木で覆われ、静かに眠り続けていました。
そんな場所に再び、人々が集い始めています!
この棚田再生を牽引しているのが、「鵜川棚田つなぐ会」代表の真栄田勇一さん。
棚田の開墾から生まれたお米づくりと、この地に抱く熱い思いを取材しました!
「自給自足の暮らしがしたい」と高島へ移住

もともと京都の企業で働いていた真栄田さんが、高島市へ移住してきたのは約7年前のこと。
「自分たちで食べ物を作れる、自給自足の安心感が欲しい」と考え、京都への通勤1時間圏内で移住先を探し始めたのがきっかけでした。
運よく住居を見つけたのが、高島市の音羽という地域。
さっそく家族で移住し、農薬・化学肥料・除草剤を使わない自然栽培での米づくりに取り組み始めます。
そんな高島での暮らしをスタートさせた真栄田さん夫妻が一瞬で心掴まれたのが、この鵜川の棚田からの景色。
特に長崎の海で育ち、水辺の気配や開放感を求めていたという妻の栄子さんは、鵜川から見下ろす琵琶湖の青と山々の緑、そしてどこまでも広がる空。
その豊かな自然と壮大な景観に心が躍ったといいます。

比良山系の麓に広がる鵜川の棚田は、農林水産省の「つなぐ棚田遺産」にも選定されていて、清らかな山水を生かした米づくりが受け継がれてきた場所。
白鬚神社にもほど近く、眼下に広がる琵琶湖を望む美しい景色を誇ります。
しかし長年地元の方々が大切に守り続けてきた鵜川の棚田も、高齢化などで棚田の上部エリアから稲作の手が離れ、耕作放棄地が広がり始めていました。
人と思いがつながり始動した「鵜川棚田つなぐ会」

そんな状況に危機感を持っていたのが鵜川在住の建築家、 吉川宏一さん。
鵜川に自ら交流拠点を作り、環境保全や自然農業の実践など、様々な活動を行ってきました。
ある日、吉川さんから「鵜川の棚田の再生を託したい」と思いを伝えられたという真栄田さん。
先人たちが大切に守り受け継いできた素晴らしい棚田を、このまま荒れさせてはならない。
想いに共感し、棚田再生に協力することを決意しました。
音羽から鵜川までは車で10分ほどの距離。
毎日通いながら、棚田の開墾や水路の復元、自然栽培による米づくりへと着手していきます。
「お米をつくることを通じて人と人がつながり、コミュニティが生まれ、豊かな世界をつくっていける。
そんな可能性を、日々の実践の中で実感しています」と真栄田さんは話します。
室町時代から続く棚田の再生

約30年もの間、手付かずだった棚田の再生は、覆い尽くしていた藪を切り拓く作業からスタート。
先人たちが築いた石垣や水路を生かしながら棚田を復元する作業は、まさに自然との真剣勝負です!
山から水を引く水路は、大雨に岩が流されてしまうため、そのたびに山へ入って岩を積みなおしたとのこと。
それでも草に覆われていた昔の石垣が姿を現すたび、真栄田さんは胸がワクワクしたそうなんです。

じつは真栄田さん、それまでは本格的な農業の経験はゼロ!
この高島での米作りが、人生で初めての田んぼ作業・稲作への挑戦だったんです。
完全手探りの状態からスタートし、試行錯誤を重ねた結果、昨年にはついに初めて3枚の棚田でお米の収穫を果たしました。

(提供:鵜川棚田つなぐ会)
皆で手塩にかけて育てて収穫したお米は、「本当に最高においしかったですよ!」
と笑顔で振り返ります。
苦労の末に蘇った棚田は、鮮やかな緑の稲と琵琶湖を一望できる素晴らしい絶景!
時間を忘れてくつろいでしまう、とびきり心地よい空間が広がっていました。

日本の原種を無農薬で育てる——自然栽培へのこだわり
この棚田で育てるお米は、農薬や化学肥料を一切使わない「自然栽培」です。
慣行農法に比べ、収穫量は1反あたり4〜5俵と約半分ほど。
それでも真栄田さんは、「たくさんの人の手をかけて育てられたお米には、エネルギーが感じられるんです」と話します。

棚田では、現代の市場では希少となった「旭」や「亀の尾」、「ハッピーヒル」といった日本の原種や個性豊かな品種が、この土地の力を受けて元気に育っています。

県外からも仲間が集まる「みんなで創る棚田の景色」
「みんなで1000年続く景色と文化を作りたい」。
そんな真栄田さんの想いに引き寄せられるように、棚田再生には今や県外からも多くの人が集まります。

(提供:鵜川棚田つなぐ会)
作業中には、昔ながらの「田植え唄」や「作業唄」をみんなで歌うのだとか。
かつて農民たちが作業の疲れを忘れるために歌った掛け合いの唄。
みんなで唄を歌いながらリズムを合わせて作業すると、笑いが生まれて楽しくなり、一体感が生まれて不思議と作業もはかどります。


(提供:鵜川棚田つなぐ会)
未来へつなぐ「1000年の文化」
手探りで棚田を切り拓いてきた真栄田さん。移住と棚田の再生を通して、実感している言葉があります。
「人生、一生懸命やっていたら、必要なものは全て用意されている。そんな仕組みを自然が教えてくれるんです」。

室町時代から続く歴史を持ちながらも、一時は草木に覆われ眠っていた高島の棚田。しかし今、そこには人々の笑い声と、美しい稲穂の波が戻っています。
「志を同じくする仲間と一緒に、この土地一帯を美しい棚田へ蘇らせ、この先1000年先まで棚田の文化をつなぎたい」。
1000年先の未来に、この景色を、この文化を残すために。
室町時代から繋がる棚田の再生から、新しい滋賀の未来がはじまろうとしています!

(提供:鵜川棚田つなぐ会)
【11月23日開催予定】収穫の喜びを分ちあう「鵜川棚田新嘗祭」

今年も待ちに待った収穫の時期がやってきました。
棚田の再生や水路の復元、ときにはイノシシとのサバイバルを経て、「無事に稲刈りを迎えられることは決して当たり前ではない」と身をもって実感したという真栄田さん。
そんな1年間の感謝と収穫の喜びを分かち合う「新嘗祭」が、11月23日に開催されます。
新嘗祭とは、その年に収穫された新穀を神様にお供えし、収穫に感謝を捧げるお祭りです。

(提供:鵜川棚田つなぐ会)
真栄田さんたちにとっても、新嘗祭は一年間のお米づくりの集大成。
当日は、自然栽培で育てた「旭・亀の尾・ハッピーヒル」の3種の新米食べ比べや、収穫したもち米を使った餅つき、棚田をステージにして作業歌の演奏や盆踊りも行われます。
「今年は、日頃から温かく見守ってくれている鵜川の地域のみなさんや、棚田の取り組みに関心を持つ多くの方々と一緒に、収穫の節目をお祝いしたい」。
この絶景と文化を未来へ繋いでいくための、特別な一日になりそうです。
『鵜川棚田つなぐ会』の詳細

(ドローン撮影)
- 公式Instagram
- 鵜川棚田つなぐ会🌾
- 活動情報
『鵜川棚田つなぐ会』を地図でみる
※この記事は、滋賀県の「地域資源活用交流創出事業に係るレガシー創出事業」の一貫で、『しがトコ』が企画・取材を担当し制作しました。 http://bino-shiga.net/
(取材・文 馬杉早苗 / 写真 辻村耕司)
- 記事を書いた人
- 馬杉早苗(ますぎさなえ)/滋賀県東近江市在住。出産を機に、大阪から移住。滋賀の広い空と大きな琵琶湖、緑の田んぼや山が大好き。現在は、滋賀の自然を楽しみながら、ライターとして活動しています。












