カルチャー

米づくりに”野生力”を。田んぼに微生物の声を聞く百姓一筋200年の「中道農園」が見る未来

中道さんとブランコ
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【中道農園(なかみちのうえん)/滋賀県野洲市】

土の中にいる微生物が、きっと答えを知っている。
田んぼの声に耳をすませ、米づくりに”野生の力”を取り戻す。
環境に優しい米づくりが全国1位の滋賀県で、
農業のあるべき未来へひた走る、型破りの「中道農園」。
この道200年の米づくりの実力者は、
土の中にいる微生物や、
「雑草」と呼ばれる草までも愛する、
独特のお米づくりを確立していました。
その秘密を知るために、滋賀県野洲市にある
「中道農園」さんを訪ねました。

新天地でヨーロッパ並みの農業を目指して

滋賀でいち早く環境に優しい農業を始め、
安心安全のお米づくりを追求してきた、
「中道農園」園長・中道唯幸さん(64)。

今回の舞台は、滋賀県野洲市。
琵琶湖沿いに広大な農地が広がる、
滋賀県有数のお米の産地です。

稲穂が垂れかけた田んぼが並ぶ脇に、
レンガ造りの建物を見つけました。

「僕の父は、日本でヨーロッパ並みの農業がしたいと、
最適な土地を探して、各地を飛び回っていました。
そんな父が目をつけたのがこの地。
僕は中学生の頃で、ここも今よりもっと田舎でした」

未来を見据えて、選ばれた滋賀の地

大阪府門真市の代々農家の家に生まれた中道さんは、
大阪万博があった1970年、
父とともに新天地・滋賀県野洲市に移住しました。

レンガ造りの建物は当時から使われているものです。

「父は本当にロマンチスト。
『50年先はこうなるから、今から準備しておけよ』
と、口癖のように言う人でした」

「当たっていることばかりではないけれど、
父が言うには、『企業でさえ、先を見据えているのに、
百姓が見ないでどうする』ってね」


滋賀を選んだ、その目はやはり確かでした。
「仕事柄、農業の仲間が全国にいるけど、
よく、『滋賀はいいよな』って言われる」と中道さん。

「環境に優しい農業を、こんなに理解してくれる県は
全国でもなかなかない」と。

実際、滋賀はお米の「環境こだわり栽培」
(農薬や化学肥料を通常の半分以下に)の普及が、
全国の中でもダントツに進んでいる県です。

「滋賀には、琵琶湖を預かっている責任があるよね」

ベストな栽培方法を求めて、200以上の“いたずら”を

その中でもいち早く、環境に優しい農業を始めた中道さん。
どうしたら安心安全なお米がつくれるか
ありとあらゆる栽培方法を試してきたと言います。

「実験と言うとすこし大げさかなあ。
『いたずら』と言った方がいいかもしれない。
例えば、草をポキッと折るだけでも、
草の種類によってダメージが違う。
まさに子どもの『いたずら』みたいなことを、
毎日のように、数え切れないけれど、
少なくとも200はやったかな」

「僕は『どんくさい』から、
他の人と同じタイミングでやっていたら、
どうしても勝負にならない。
だから、他の人より1年でも、2年でも、
早く始めた方がいい、そう思ってね」

中道さんの思いは、目指す農業の形にも表れています。

「少し前、流行った『勝ち残る農業』って言葉。
僕はあの言葉が好きじゃなくて。
だって、『勝ち残る』ってことは、
誰かが負けるってこと」

「僕は中学、高校と、いわゆる『負け組』の方。
勉強もアカンし、何もかも(笑い)。
それで、『生き残る農業』って言ってきた。
さらに最近はそれもやめて『世の中に役に立つ農業』と」

お米を買ってくれるお客だけでなく、
単に遊びにくる人も、
農園のことをどこかで話題にする人も、
農園を支える『応援団』だと考えている中道さん。

「会社が潰れるのは、役割を終えたとも言えるそう。
農業も皆さんの役に立つなら、続くはずです」

そんな中道農園のお米は、
農薬などの化学物質が気になる人や
体力が落ちてしまった人、お米アレルギーの人など、
さまざまな人から必要とされています。

『野生力』のあるお米をつくる

お米づくりで意識していること。
それは、「『野生力』のあるお米を提供したい」
ということだと中道さんは言います。

そして、そのカギを握るのは、
土の中にいる顕微鏡で見ないとわからないほどの
小さな生き物、『微生物』だと。

「田んぼにいる微生物がのびのびと働ければ、
稲が元気になり、お米も美味しくなる。
こういう『野生力』を持ったお米には、
身体を元気にする力が備わっているはず」

一方で、いまの農業は通常、
微生物をあまり意識しないで行われます。

「でもね、よく考えたら、
僕らの先祖をずっと遡ったら、微生物に行きつくでしょう。
微生物は僕らの『大先輩』で、会社で言えば創業者。
創業者の思いに耳を貸さないような会社は、
やっぱり続かないんじゃないかって思うんですよ」

そんな微生物を強く意識する瞬間がありました。

ある酒造会社から、焼酎のカスを譲り受けたときのこと。
肥料になるかなと思い、それを田んぼに流してみたのです。

「そしたら翌日、その田んぼを通りかけただけで、
『おっさんありがとうな』って、
一斉に聞こえるような気がした」と。

稲と会話できるわけではない、と中道さん。
それでも強く感じたのには理由がありました。

「そのことを、技術者さんなんかに言うと、
『私たちは葉の色くすみがなくなったとか、
葉っぱがシャキっとしているとか、
葉先の鋭さ、とかで判断するんですよ』って。
なるほど、感じていることは一緒だったなと」

田んぼが喜んだというのは、
つまり、微生物が喜んだということ、
と中道さんは分析します。

「もちろん肥料としても効いた面もあると思うけど、
それだけでは説明できない。
土にいる微生物に届いたと思う」と。

減農薬のさらに先へ。身を守るために始めた無農薬

中道農園の田んぼは、減農薬のさらに先、
農薬を使わず有機肥料だけでお米を育てる
有機栽培(オーガニック栽培)です。

ただ、そのきっかけは壮絶な出来事でした。

かつては、通常の農家がするように、
1枚の田んぼに2回ずつ、農薬を散布していました。
ところが、最初に父が、続いて中道さん自身が、
体調不良に襲われることになります。

「農薬を散布した日は身体が重いし、集中が続かない。
そのうちひどい頭痛に悩まされるようになりました」

「長生きできないかもしれない」という恐怖から、
どうしたら農薬散布が1回で済むか、
散布しなくても済むか、
真剣に考える日々が始まりました。

「だから、よく『中道は無農薬をやっていて偉い』
と言ってもらえることがあるのですが、
実は、そうじゃなくて。
僕は、自分の身を守るために、無農薬を始めたんだ」

その有機栽培で大きな力を発揮しているのが、
中道さん独特の農作業「お酢まき」です。

稲の収穫前に、殺菌作用もあり、稲の栄養にもなる、
「お酢」を薄めて、田んぼ全体に撒くのです。

「うちのお米の特徴はこの『お酢まき』。
稲は収穫の直前に、持てる力をすべて、
穂に蓄えるので、すごく病気になりやすい。
その稲を助けるし、食味もかなり向上する」

有機栽培のその先へ

長らく有機栽培に取り組んできた中道さん。
「最初は自分のためだった有機栽培も、
今はこうして、農薬を使わずに育てられたお米が必要だと
言ってくれるお客さんがいるんです」と。

「僕は、自分の幸せを追求したのに、
他の人も喜ばせることができた。
なんて幸せなことだ、って思いますよ」

中道さんは今、有機栽培のその先も見据えています。

「微生物とか、田んぼのさまざまな生き物に、
のびのび働いてもらえる環境を作れば、
肥料を与えなくてもお米は育つ」と、
中道さんは、言い切ります。

すでに何年も肥料を与えずに育てている田んぼも、
中道農園にはあります。

微生物に未来がかかっている

中道さんも「できるはずない」と思って始めた
栽培方法だったと振り返ります。

「でも、最近は、むしろこの技術がないと、
人間は生き残れないかもしれないと思っています」と。

「有機肥料の原料も、限られた資源からできていて、
例えば、海外からの輸入食糧品の廃棄部分だったりする。
だから、よく言っているんだけど、
次の世紀やその次の世紀に、人間が生き残るかは、
微生物の力にいかに気付けるか、にかかっているって」

中道さんは、田んぼに生えている草を、
雑草とは呼べなくなったと言います。

「僕の先輩なんかは『神の草』と呼べと言うんだけど、
僕はまだそこまではいかないので(笑)
『野草たち』って呼んでいます。
だって、草に『どうでもいい草』なんてない。
すべて何らかの役割を持っていると思うから」

微生物がのびのび働くことで、
田んぼが元気になるだけでなく、
農業が未来につながることに気づいた中道さん。

その視点は、未来を担う子どもたちにも。
「子どもたちがもともと持っている力を、
大人が削いでしまっていないか」と問いかけます。

農園を見守る、風車のブランコ

農園には、ひと際目立つ風車が立っています。
アメリカの農業機械の販売展示会で見つけたものだとか。
風車の鉄塔には、ブランコが据えられています。
農園を訪れる子どもたちを喜ばせるためです。

「今日は農園の開放日、とかお知らせして、
何もしないけれど、農園で自由に遊んでいいよみたいな、
そんな風にして農園に来てもらいたいと
常々思っているんです」と中道さん。

リモコンで上下する仕組みをそなえた本格的なブランコ。
「上に上がると琵琶湖が見えるんだ」
語る中道さんの目が少年のように輝きました。

「父は本当にロマンチストだったけど、
ぼくもそれを受け継いでいるかもしれないね」

(取材・文:川島圭 写真:山本陽子 編集:しがトコ編集部)

記事を書いた人
川島圭/滋賀県東近江市の若手農家。生まれは東京。北海道から沖縄までを転々とした後、慣れ親しんだ祖父母の地で、新規就農しました。地域や文化に興味があり、農業体験宿泊などにも取り組んでいます。

「中道農園」を地図でみる

JR野洲駅から車で約20分

「中道農園」の情報

住所
滋賀県野洲市比留田2458番地
電話番号
077-589-2224
公式サイト
https://www.ocome.com/
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