【琵琶湖のプランクトン】
「ミジンコさんがーーー」。いたって真面目なトーンで
話すのは、琵琶湖のプランクトンを研究し続けて44年の一瀬先生。
肉眼では見えないけれど顕微鏡の中を覗くと、
そこは生きている躍動感にあふれた世界!
思わず“ミジンコさん”と呼びたくなるほど、愛くるしい姿が見えてくる?!
スマホの中で出会った不思議な世界
ある日、スマホをただ眺めながら、
友人の近況報告や、SNSのいろんな情報をぼーっとスクロールしていると、
突如、目に飛び込んできたこの不思議な世界!
琵琶湖のクンショウモさんにツヅミモさん?!
日常ではみかけない、初めてみるその姿と
プランクトンへの愛情あふれる投稿を目にして、
琵琶湖の見えない世界のことを、もっと知りたくなってやってきました。
プラクントンに魅せられて44年。
琵琶湖環境科学研究センター 元特命研究員、
こちらが一瀬先生です!
一瀬 諭(イチセサトシ)
1977年、琵琶湖の赤潮汚染が問題に。原因であるプランクト調査のために研究をスタート。以来、ほぼ毎日のように琵琶湖の水を顕微鏡で調べるのが日課。小学生のための『自然観察シリーズやさしい日本の淡水プランクトン図解ハンドブック(滋賀の理科教材研究委員会)』の監修も務めた
しがトコ編集部:はじめまして!一瀬先生がフェイスブックで
投稿されていた琵琶湖のプランクトンの世界がとても不思議で、
今日はぜひその魅力をお聞きしたくてやってきました。
一瀬先生:そうですか、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。
プランクトンの不思議な世界
植物プランクトンの写真が壁面に!
しがトコ編集部:先生が研究している琵琶湖のプランクトンは、どれぐらいの数がいるんですか?
一瀬先生:データベース化してるのは植物プランクトンで600種類ぐらいかな。
しがトコ編集部:琵琶湖だけにしかいないプランクトンもいるんですか?
一瀬先生:1パーセントの10分の1以下の世界ですよ。
プランクトンは水の中にフワフワ浮いている生き物なので、
琵琶湖にはカモとかサギとかシギとか、色々な渡り鳥が来ますよね?
しがトコ編集部:はいはい、来ますね。
こちらの壁はすべて動物プランクトンの写真
一瀬先生:そこでプランクトンは
羽に付いたり食べられたりするでしょ。
でも、プランクトンは消化されずに、うんこになって出てしまう。
びわ湖で泳いであっちこっち行って、もう下手したら日本を飛び越えて外国まで
行って鳥がジャバジャバとすると、羽に付いてたプランクトンが落ちるし、
うんこになって出る。そこにもプランクトンの種が入ってるんです。
しがトコ編集部:鳥にくっついて、琵琶湖から外へ運ばれていくんですね。
一瀬先生お気に入りのプランクトンたち
一瀬先生:植物プランクトンっていうのは、
もう生きられない緊急事態だ!となると、
子孫を残すために、休眠状態になります。
ミジンコの場合は女の子ばっかりになるんですよ。
しがトコ編集部:女の子ばかりに?!不思議ですね。
一瀬先生:生んでも生んでも女の子。
田んぼや池でよくミジンコがいっぱい増えるのは、全部女の子なんですよね。
環境のいい時は単為生殖と言われる方法で増えるんだけれども、
夏に水がなくなったり危機的状態になると、
その卵の中からオスが出てくるんです。
しがトコ編集部:なんと、オスが。
ミジンコさんの生き残り戦略?!
ミジンコを楽しそうに画面でみせる一瀬先生
一瀬先生:オスはメスの2分の1ぐらいちっちゃいんですけどね。
オスとメスとが合体して、耐久卵という卵を作る。
その卵は、冬でも夏でも水がなくても乾燥しても凍っても、死なない。
しがトコ編集部:死なないんですか!
一瀬先生:はい。その死なないミジンコさんの卵は、
黒く大きく、とってもよく目立つんです。
しがトコ編集部:でも、目立ってしまうと卵を食べられちゃったりしますよね?
一瀬先生:たぶん、魚や鳥に食べられるため。
わざと食べられて、遠くに行って、環境のいいとこでまた増えるために。
しがトコ編集部:へぇ!
一瀬先生:ね!面白いやろ、面白いやろ?
「面白いやろ、面白いやろ〜」とエンジンがかかってきた一瀬先生
一瀬先生:これは、ミジンコちゃんの生き残り戦略ですね。
しがトコ編集部:先生、いま「ミジンコちゃん」って言いましたね?(笑)
一瀬先生::……やっぱり愛着なんでしょうねえ。
ミジンコちゃんのことを話すときは、とても良い顔をしています
一瀬先生:ほんとに不思議な生き物でね。
環境のええ時はなんぼでも増えるけれども、
悪い時にはあっという間になくなってしまう。
耐久卵っていう卵を作ることによって、自分の次の代を世の中に残すんです。
しがトコ編集部:それが、生き残り戦略。
一瀬先生:ミジンコは単為生殖なので、
1匹のメスがいっぺんに20匹30匹って子どもを生むけど全部同じ遺伝子なんです。
ミジンコを培養している部屋もありますよ。
琵琶湖の色は、プランクトンの色?
「風圧で 飛んでしまうわ わたしたち」とミジンコさんの声
一瀬先生:この部屋でミジンコさんを培養しています。
これね、浮いて見えるのがミジンコさん。見えるでしょ?
しがトコ編集部:動いてますね!見えます、見えます。
思っていたより大きいですね。
一瀬先生:ちっちゃいやつは生まれたところで、
ちょっと黒っぽく見えてる大きいのは卵を持ってるミジンコさん。
肉眼でも姿がわかる元気なミジンコさんたち
一瀬先生:どれがお母さんでどれが子どもか、
ここから見てもよくわかるんです。「産気づいてきたな」
「これは明日、子どもを生むな」というのもわかります。
しがトコ編集部:見るだけで?!
一瀬先生:やっぱり生む前はちょっとしんどそうに動いていて、
元気になった時はポッピング運動と言って、リズミカルな動きをするんです。
しがトコ編集部:この水の色は?
一瀬先生:ミジンコさんもおしっこするので。
だからこの黄色い色は、もう水を換えてほしいっていう合図ですね。
しがトコ編集部:なるほど。黄色がおしっこの色……?
一瀬先生:これは緑で植物プランクトンの色です。
ミジンコさんの餌ですね。緑藻類とか珪藻類とかの
植物プランクトンを食べて、ミジンコは大きくなるので。
しがトコ編集部:ミジンコさん、元気に動いてますね。
一瀬先生:このミジンコを小魚が食べて、
その小魚を大きい魚が食べて。そうやって食物連鎖しています。
ミジンコの姿をひっしで見ようとするしがトコスタッフたち
しがトコ編集部:水が緑色に見える時は、
植物プランクトンが多いということですか?
一瀬先生:そうそう。今の状態であと三日ぐらい置くと、
緑の植物プランクトンを食い尽くすので、ミジンコの数が増えて植物プランクトンがなくなります。
この水もミジンコのおしっこでちょっと黄色くなっていきますよ。
しがトコ編集部:へえ!
一瀬先生:そうなったら新しい環境に移してやらないと。
人間と同じです。おしめ換えてあげるのと一緒ですよ。
しがトコ編集部:おしめを換えるのと一緒!
なるほど、確かにそうですね。
44年間、毎週発信!生まれた年・月・週のプランクトンがわかるデータベース
一瀬先生監修『やさしい日本の淡水プランクトン図解』は、文科省の必備図書に指定されています
一瀬先生:あのね、この本、知ってますか?
しがトコ編集部:『やさしい日本の淡水プランクトン図解』ですか……?
一瀬先生:これね、子どもたちのために僕が監修した本なんだけど、
インターネットで誰でも読めるようにしているんです。
しがトコ編集部:本を購入しなくても誰でも?!
一瀬先生:そうそう。
とにかくミジンコの姿を拡大してみせる一瀬先生
一瀬先生:えーとね、図鑑のサイトにいくでしょ。
プランクトンが検索できるように、調べられるんです。
例えば頭がとんがってるから、これはカブトミジンコだとか。
しがトコ編集部:データベースになっているんですね。
一瀬先生:自分が生まれた週の、
琵琶湖のプランクトンもわかりますよ。
しがトコ編集部:自分の生まれ年のプランクトン?!
一瀬先生:そう、44年分のデータベースがあります。
一瀬先生:毎日、独身時代から瀬田川を散策して、
琵琶湖の水を採ってくるんです。写真を撮ってカモメが何匹、人が何人、
琵琶湖の水温が何度、今日のプランクトンは……というのを毎日記録していました。
しがトコ編集部:カモメに人の数まで…。
一瀬先生:これね、今朝、琵琶湖で汲んできた水です。
顕微鏡で見てみましょうか?
なんとも不思議な姿のミクラステリアス・ハーディ
一瀬先生:ミクラステリアス・ハーディと言ってね。
琵琶湖に住んでます。外来種で、2011年に入ってきた種類です。
しがトコ編集部:琵琶湖のどの場所にもいるんですか?
一瀬先生:全域にあっという間に広がりました。
オーストラリアとかニュージーランドに分布している種類で。
それが鳥に運ばれて琵琶湖へ。環境が合ったのかもしれませんね。
しがトコ編集部:広がるのは、あっという間なのですね。
おもむろに手作りのミクラステリアス・ハーディを見せる一瀬先生。教え子が作ってくれたそう
一瀬先生:こんな格好してます。横から見たら薄っぺらいんです。
だから、ペラペラペラペラと琵琶湖で沈まずに長いこといるから、年中、見られるんですよね。
40年前に一瀬さんが実際に琵琶湖で見つけた「ビワコツボカムリ」
一瀬先生:「ビワコツボカムリ」って知ってますか?
1981年を最後に生きた姿は見つかっていないので、現在は県の絶滅危惧種になっています。
しがトコ編集部:幻なんですね!
一瀬先生:でもね、実は僕見てるから、幻じゃないんですよ。
しがトコ編集部:見たんですか?!
一瀬先生:僕、40年以上前から毎朝、琵琶湖の水を
サンプリングしてきたでしょう?その頃までは、元気に生きてたんです。
佐賀の作家さんが一瀬先生の写真を使って作った、その名も「ビワコツボカムリ」 Tシャツ
一瀬先生:7月27日にね、はじめて琵琶湖全域で「ビワコツボカムリ」の
一斉捜査をするんです。それで見つからなかったら絶滅したとなるし、そこでもし見つかったら……!
しがトコ編集部:そうなったら大発見ですね!
一瀬先生:いまからとても楽しみなんですよ。
琵琶湖の中にも四季がある
一瀬先生:これは40年ぐらい前からつけているプランクトンのグラフ。
季節によっても増えるプランクトン種が違うんです。
しがトコ編集部:データから見えてくるんですね!
一瀬先生:琵琶湖の中の”プランクトンの気象台”みたいなものですね。
しがトコ編集部:気象台、なるほど!
一瀬先生:四季の移り変わりのように、
琵琶湖の中でも植物プランクトン、動物プランクトンが移り変わっているんです。
しがトコ編集部:琵琶湖の中にも四季が。
一瀬先生:そう。人間の目には見えないから、
みんな誰も関心がないだけで。
しがトコ編集部:一瀬先生は40年以上前から琵琶湖の中を見てきましたよね?
一瀬先生:はい。
しがトコ編集部:当時は赤潮問題で大変だったと思うのですが、
いまは琵琶湖もずいぶんきれいになっていますね?
一瀬先生:うーん。誰を対象にするかだと思います。
しがトコ編集部:誰を対象にするか?
一瀬先生:例えば、京都、大阪、兵庫の
“飲み水として使う側”の人から見ると、琵琶湖の水は透明度が良くなって、
澄んでいて良いですよね。
しがトコ編集部:そうですね。
一瀬先生:じゃあ水産業界の人達にとっては?
水が綺麗になり過ぎて魚は取れないし、貝も取れない……。
しがトコ編集部:瀬田シジミもとれなくなったと、
琵琶湖の漁師さんから聞いたことがあります。
一瀬先生:琵琶湖の水の透明度は昔に比べて良くなったけれど、
生物が住みにくくなりました。
藤原さん:あの……、すみません。
しがトコ編集部:あ、はいはい。
藤原さん:すみません僕も会話に参加して良いですか?
しがトコ編集部:どうぞどうぞ、ぜひ一緒に入ってください!
気になるテーマに惹かれて、琵琶湖環境科学研究センター藤原さんも飛び入り参加
一瀬先生:僕の上司です(笑)。
琵琶湖環境科学研究センターの藤原さんです。
藤原さん:気になるテーマだったので、ついつい(笑)
しがトコ編集部:どうぞどうぞ。
琵琶湖の中の生きものと、人間と
熱いおふたりの琵琶湖トークに、おされぎみのしがトコスタッフ
藤原さん:あの、さっきの話ですが……
しがトコ編集部:琵琶湖の水は昔に比べて良くなったという?
藤原さん:そうそう。人間にとって快適にするために、
琵琶湖の湖岸をコンクリートで固めたり水位をコントロールしているんですが。
しがトコ編集部:はい。
藤原さん:じつは昔は、洪水の時期になると、
生き物にとっては良い環境だったんですよ。
しがトコ編集部:洪水が良い環境?
藤原さん:梅雨や洪水の時期になると、水が溢れて
琵琶湖の水がドーッと広がって水路や田んぼに流れ込んでいました。
しがトコ編集部:洪水被害も大変そうです……。
藤原さん:ただ、そうなると水と一緒に魚が田んぼや水路、
琵琶湖の浅瀬に入り込んで産卵するんです。
しがトコ編集部:洪水の時期に産卵。
藤原さん:田んぼや水路は肉食の魚が入りにくいから、
稚魚が育つのには非常にいい環境なんです。
しがトコ編集部:なるほど。
藤原さん:そこで育った稚魚は栄養価が高いので、
プランクトンもたくさん湧くんですね。
しがトコ編集部:プランクトンの宝庫ですね。
藤原さん:その稚魚がプランクトンを食べるんです。
で、大きくなった魚は、沖に出ていく。
そしてまた、洪水の時期になると、田んぼや水路に魚が入って、産卵して…。
しがトコ編集部:そういうサイクルの中で
琵琶湖の生き物が生きていたんですね。
藤原さん:でも、いまは人間が水位を調整しているので、
水が溢れることもなく、洪水の被害も免れる。人にとっては良い環境なんです。
しがトコ編集部:はい。
藤原さん:でも野生の生物にとっては、
今まで経験したこともないような不都合で。
しがトコ編集部:なるほど。
藤原さん:じゃあ今から、
昔のようにしましょうというのも無理ですよね。
しがトコ編集部:それは……そうです。
藤原さん:今のこの便利な生活と、
生物の住みやすい環境と、両方が成り立つように
色んなことを考えていかなきゃならない。
しがトコ編集部:じれんまですね……。
湖の大きさは、季節によって変わる?!
カンボジアにあるトンレサップ湖
一瀬先生:カンボジアにトンレサップ湖っていう湖があるんです。
雨季は7倍の大きさの湖になって、乾季は1倍になるから。
しがトコ編集部:湖の大きさが変わるんですか?!
一瀬先生:増える時は7倍の湖になるんです。
色んなプランクトンや小魚が増えるけれど、乾季になると全部その1か所に集まるから、
もう魚がうじゃうじゃと。でも琵琶湖はそんなことしたら大変ですよね。
藤原さん:日本にいると、湖の大きさが変わるなんて
普通あんまり考えないのですが、自然の湖は、結構そうなんです。
しがトコ編集部:大きさが季節によって違うんですね。
藤原さん:だからアマゾンの方なら、家を浮かしてね。
水が増えた時には家は高い位置になって、
水位が上がったらに家が下りてくる。そういう具合な生活をしています。
しがトコ編集部:人間が自然に合わせているのですね。
一瀬先生:いま琵琶湖の魚介類を増やすために
湖底を耕しているんです。
琵琶湖の湖底のいまと昔の図をじっと見つめる
しがトコ編集部:琵琶湖の底を?!
一瀬先生:湖岸をほったらかしておいたら泥が溜まって、
腐ってしまう。シジミとか二枚貝が全然育たない環境なので。
藤原さん:湖底を耕して、酸素をどんどん土の中に入れているんです。
一瀬先生:稚貝とか色んなシジミとかが増えやすいようにね。
しがトコ編集部:へえ!
一瀬先生:月1回ぐらい、くわでガリガリと(笑)。
しがトコ編集部:湖底をくわで…!
一瀬先生:湖岸を大切にしたらシジミもたくさん取れて…
そういうビジョンがあるんですけどね。
しがトコ編集部:……うまくいかない?
一瀬先生:2017年に大きな台風がありましたが、
それで全部ダメになってしまって。大自然の力ってすごいもんですわ。
藤原さん:湖底がゴソッと動いてしまってね。
一瀬先生:そうそう。
しがトコ編集部:いやぁ、大変な苦労があるのですね。
一瀬先生:真冬でもやっていますよ。
しがトコ編集部:普段、暮らしている世界とは全く違う、
琵琶湖の中のことを知ることができて、今日は本当に勉強になりました。
一瀬先生:いえいえ。
藤原さん:ありがとうございました。
しがトコ編集部:こちらこそ、今日はお時間いただきありがとうございました!
(取材・文:亀口美穂 写真:若林美智子)