Interview

【後編】ここで共に生きる「無事の文化」が滋賀の風景だ。上田先生に聞きました

【滋賀の風景の魅力】

なぜ滋賀の風景は人を感動させるのか?
じつは、人の営みが途切れることなく、
無事に続いてきたからこそ、風景は美しくあり続けることができる。
滋賀県立大学 地域共生センター助教授で
風土に根ざした暮らしと文化を研究する
上田洋平先生に聞く「滋賀の風景の魅力」、後編です。

【7】「ここで、ともに、無事に生きる」


「総論近江の暮らしと文化」上田洋平資料より

上田:金持ちにならなくても、にぎやかな暮らしでなくても、
とにかくまずは無事に、今日と変わらず明日が来てほしい。そうやって生き延びていく。
それが共同体とか、家族とかの目的だと思うんです。
昨日と変わらず明日が続きますように、と願いながら今日を生きていく。
そういう意味では我々が生活するということは、常に「無事」を探究しているということ、
ある意味戦いかもしれませんね。水の取り合いとか。そうやって暮らしながら、
春は隣の田んぼと水の取り合いをしているわけです(笑)。

しがトコ 亀口:なるほど〜。

上田:すごいですよ、滋賀県の人は。
朝は「おはよう!」とか言ってにっこり笑ってすれ違いながら、
夜は水の取り合いをしてる。隣に水を取られないか隠れて見てるわけですよ。
取られてもそこで言うんじゃなくて、相手が帰ってからまたもとに戻すとか(笑)

しがトコ 亀口:いやらしいですね〜(笑)

上田:そういう計算高さはあるよね(笑)。
したたかさというか。仲良くしましょうね、ではないんですよ。
水の取り合いをするんです。水が社会をつくりますからね。

王様だって、水源地を治めたところに生まれるでしょう。
滋賀県だったら、姉川の上流に神功皇后、高島の継体天皇とか。

上田:山があって、こう川が流れてきますよね。
そうしたら、扇状地ができるわけです。扇状地の中では川は伏流水になるので、
水は取れないんですね。水を取るためには、伏流水になっていくところ、
谷から水が流れてきて地面に潜る、扇の頭の部分でとらないといけない。
だからそこを押さえた者の勝ちなんです。

しがトコ 亀口:なるほど。

上田:川の左岸と右岸では必ずケンカをするわけです。
それぞれに別の勢力があって、安曇川の場合、片一方に田中神社があって、
その反対には大荒比古神社があって、ケンカしてる。
だから祭りの装束も違って、勝ち戦の格好と、負け戦の格好をしてるんです。

しがトコ 亀口:へーえ、そうなんですか!

上田:何千年前の話だ、っていう。
それも水をめぐって村同士がケンカしてたんですね。
でも、ここを無事に入ってきたら、次に枝分かれするんです。
そうするとまた、この村とこの村がケンカする。
でもケンカしてばかりだと他の村に負けてしまうから、協力もし合う。
でも水を取られないか、監視もし合う。今のは村同士の話で、いざ村の中に水が入ってくると、
今度は村人の間で水を取り合う。こういう構造です。
それを「水社会」と、ある人は言いました。
農村社会は田んぼの社会、田んぼの社会は水社会です。
助け合いと、いさかいが矛盾的に合一しているというか。

しがトコ 亀口:それはずっと無くならないんですね。

【8】「住む」は「澄む」なり

上田:そう、無くならない。
にっこり笑って、取り合いもする。でもそれをケンカで終わらせない知恵があるわけ。
そういう深さがあって、これを私は「ブジネスモデル」と言っています。

しがトコ 亀口:ブジネスモデル、印象的な言葉ですね。

上田:いさかいなどをしながらも、折り合いをつけていく。
そういう文化もちゃんとあるんですよね。
一つは、きのう今日のことだけを考えているのではないということ。

しがトコ 亀口:きのう、今日の短絡的なことではないと。

上田:「今すぐ私に見返りを」じゃなく、
「ゆっくりみんなにお返しを」という考え方です。
先祖が世話になったかもしれない、子孫が世話になるかもしれない、と考えると、
今日のことだけでケンカしてたらダメだよね、と。


「総論近江の暮らしと文化」上田洋平資料より

上田:ずっと住み続けているということは、
ここでの人間関係もずっと続いていくということ。
ちょっとのことでケンカをするのはやめておこう、
という考え方があるのかもしれませんね。
滋賀県なんて縄文時代から今も変わらず人が住んでいるので、
そう思うと、滋賀県の心というのはそこにあるのかもしれない。

しがトコ 亀口:あぁ、なるほど。

上田:例えば「住む」は「澄む」なりと言っていますが、
人が住み続けることで、その空間が澄んでいく。
日本語の音が一緒なら、意味もつながっていると思うんです。

しがトコ 亀口:住むことで「澄んでいく」。それが語源だと聞くと、なんだか意識が変わりますね‥‥

上田:普通は人混みから人が消えると、ゴミが残ると思いますよね。
だけど、「ここで、ともに、無事に」生き続けるためには、
やっぱり限られた資源からこの人数が食っていけるだけの食料を毎年続けて得ないといけない。
そのために、行き過ぎた利用は制御されるしね。


「総論近江の暮らしと文化」上田洋平資料より

上田:これ、何に見えます?

しがトコ 亀口:ゴミがたくさんありますね。

上田:そうでしょう?だから我々はゴミ拾いをしますよね。


「総論近江の暮らしと文化」上田洋平資料より

上田:でも、これも同じ場所なんですよ。
伊勢湾台風の後のね。これ、何をしてるんだと思います?
例えば子どもに聞くと「ゴミ拾い」って言います。

「総論近江の暮らしと文化」上田洋平資料より

だけどおばあちゃんに聞くと、
「焚き物拾い」と言うわけです。焚き物、燃料ですね。
ゴミですか?これ。

しがトコ 亀口:なるほど、燃やして使うんですね。

上田:環世界が全然違うでしょう?
今の我々の環世界では、これはゴミですよ。
でもこの人達の環世界では、ここは八坂町で山が近くにないから、
流れてきた木は大事な焚き物なんです。そんなに昔じゃないですよ、
伊勢湾台風の次の日ですから。競争して取りにいかないといけないぐらい、
大事な資源なんです。そうすると、誰かが「きれいにしなさい」と言うことはありません。

しがトコ 亀口:なるほど、大事な資源だから。

上田:必死にそこで生きていく。
そのために、そこら中の資源をちゃんと観察するんです。
里山の落ち葉一つ、琵琶湖の木一つ。そこで、ともに、無事に、あるいは人並みに生きていくために、
限られた資源を徹底的に使うくという暮らしがあって、それがおのずと、
誰も「ゴミを拾いなさい」なんて言わない社会をつくっていたんですね。

【9】一生懸命に生きる営みが風景をつくる


「総論近江の暮らしと文化」上田洋平資料より

上田:今はお金をかけて拾って、捨てているでしょう?
だけど、人々が住むことによって、場所はおのず綺麗になっていくわけ。
流れて来る木は変わってないし、台風は今も来るじゃないですか?
でも、我々の暮らしが変わったから、まなざしが変わったわけです。
まなざしが変わったから、かつては宝物だったものがゴミに見える。
じゃあゴミだから、拾って捨てましょうというのが今の解決方法だけど、
本当の解決は、もう一度我々の暮らしの物語の中に流木をつなげてやることです。

しがトコ 亀口:つなげる、そうですね。

上田:かつては囲炉裏とか、お風呂を沸かすために直接燃やしていたけれど、
今だったら都会で薪ストーブを使っている人ならこういう木が手が出るほど欲しいわけ。
じゃあ村の中では手に負えないけれど、都会の人もそこに参加して、
薪ストーブという今の技術を組み合わせれば、
もう一度みんな競争しながら拾うかもしれない。

しがトコ 亀口:なるほど。

上田:そうすると、これはもうゴミ問題ではなくなるんですね。
つながりで解決すると言いましたが、柳田國男という人はこう言っています。


「総論近江の暮らしと文化」上田洋平資料より

上田:「村を美しくする計画などというものは有り得ないので、
あるいは良い村が自然に美しくなっていくのではないかとも思われる」。
そうでしょう?昔から今も残っている美しい景観の多くが、
「きれいにしましょう!」と誰かが絵を描いて計画的につくられたものではないわけですよ。

しがトコ 亀口:確かに、そうですね。

上田:彼は「良い村」と言っていますが、
では良い村とは何か。私なりに考えると、
それはその場所でともに、無事に、生きていくために自然と関わりを持ちながら、
自然を観察し、あるいは自然から身を守りながら、
家族達が一所懸命にそこで生きてきた、その営みです。


「総論近江の暮らしと文化」上田洋平資料より

その目的のために、一所懸命人々が生きているのが良い村と考えると、
まさに滋賀県というのは、そういう風景がいっぱいある所だと思いますね。
大自然というよりは、身近で有限な小自然。

しがトコ 亀口:人の手がそこにあるという。

上田:そうですね。あらゆる所に人の関わりが見える風景。
それはやっぱりまん中に琵琶湖があって、周りに山がある、ちょっと閉じた小宇宙のようですね。

上田:奥山があって、山里があって、里山があって、人里があって、
里海のようなものがあって。まん中にはさらに「沖島」という離島まであるじゃない。
奥山みたいに神様がいる、人が入らない山がある。でもその間には
完全に自然でもなく完全に人工でもない里山がある。

ある時は湖になり、ある時は田んぼになるような里海もある。
こういう、のりしろみたいな所が間にあって、
そこで人と自然がゆるやかに行き来をしているという世界があるでしょう?

いつも私はこの縦軸に文明経済軸というのを描くんですけど、
こっちはもう大陸とかにつながるんですね。渡来人が来たり。
大陸の向こうは海ですよ。新しいものが他国から入ってきては去っていく。
昔は海域から米作りが入ってきて、古墳時代には鉄や灌漑の技術が入ってきたり。

一方で、この横軸は文化、生命の世界。山、里、海の間を、水や命がめぐっていく。
例えば、田んぼに山の神が降りて来るんですよ。
先祖が山の神になっているんですね。
山から降りてきた神は、ある集落では琵琶湖に向かって送り出されるんです。
そしてまた山へ向かって行く。魂が循環するんです。
生命、文化の循環。このクロスがあるのが滋賀県のおもしろいところです。

【10】「ふるさと絵屏風」から見える循環する暮らし

上田:例えば、ここに里海があるじゃないですか。
いわゆる内湖ですね。じゃあ内湖ってどういう所かというと…私の本業はこちら、
「ふるさと絵屏風」なんです。地元のお年寄りに話を聞いて、屏風をつくるんです。

しがトコ 亀口:これは何年ぐらい続けておられるんですか?

上田:これは2000年ぐらいから。
例えばある村のおじさんは、内湖のある所で
「俺らの排水は山に向いて流れるんや」とおっしゃったんです。
分かります?琵琶湖岸に住んでいて、排水が山に向かって流れる。
普通、水は低いところに向かって流れるから、琵琶湖に流れ込むはずですよね。

しがトコ 亀口:はい、そうですよね。

上田:でも、その地域では排水を一旦山側にある内湖に
落とすように水路がつくられているんです。
それによって、栄養素を含んだ水が内湖に落ちる。
内湖に行くと、栄養が沈殿して、泥になる。すると泥から藻が生えてきて、
その藻をみんなが刈り取って、田んぼの肥料にするから、ここは痩せた水が流れるんです。

しがトコ 亀口:誰かが計画して、その流れを作っているのではないんですか?

上田:ではないんです。ここの資源を最大限、
有効に使って生きて行くために、いつか、誰かが気付いたんでしょう。
そういう所で暮らしながら、水が流れて藻が育って、それも無駄にせず肥料にするから、
富栄養化が防がれてきれいな水が流れる。
これを「住むは澄むなり」と私は言っているんです。

上田:藻が生える場所を誰かが最初にみつけて、
取り合いをしながら、それではダメだからルールを決めて、
例えば8月1日の鐘がなってからみんなで取りに行こうね、とか。
そういうことをやって暮らしてきたことが、結果的に琵琶湖を澄ませるとかね。
針江のかばたでも、最初はみんな琵琶湖をきれいにしましょうなんて思って始めたんじゃないわけ。

しがトコ 亀口:理想があったわけでなく、結果的にそうなったんですね。

上田:ええ。自分が汚れた水を流したら、
それを使う下流の人が困るから、という配慮と、あるいは相互の監視ですね。

しがトコ 亀口:監視?!

上田:まず隣の人に汚した水を流さない。
もしかしたら下で神主さんが何か洗っているかもしれない。
そうしたら汚いものは流せない、というのが連鎖して連鎖して、
最後は琵琶湖に流れているから、結果的に琵琶湖がきれいになっている。
今の我々はそうではなく、琵琶湖をきれいにしようと考えていますよね。

しがトコ 亀口:そうですね、なるほど…。

上田:でも本当にそれが解決なのか、ということです。
もう一度、我々と琵琶湖や目の前の自然、景色との中につながりを持つ。
ただ窓から見て「きれいだね」と言うのが今のつながりかもしれないけれど、
年寄りにとっては全然違う環世界として見えていたはずなんですよね。

しがトコ 亀口:これが昔の集落の様子なんですね。

上田:そうそう。ここなんかはっきりしててね、
葬式道と祭りの道はまったく違うんです。川をはさんで、こっちが葬式の道、こっちが祭りの道。

しがトコ 亀口:わぁ、本当だ!

上田:お盆になると、山のお墓に提灯を持って行って火をつけるんです。
その火に先祖が移ったと。そのまま家に持って帰って、
お盆の間お祀りして、マコモという水草で船を作って琵琶湖に送り出す。
だから山、里、海の間を魂が循環するわけね。

しがトコ 亀口:へーえ!当時は実際にこういう場所があったということですよね?

上田:そうそう。お年寄りの五感体験をアンケートに書いてもらって、
聞き取りをして、それをまとめて絵屏風を描いたんです。

しがトコ 亀口:すごい!貴重な資料ですね。

【11】生活に密着した言葉は「詩」になる

上田:普通のおばあちゃん達が、普通に見たもの聞いたものについて、
五感という切り口でアンケートしたものです。
回答一つ一つを読むだけでもう、詩なんですよ。

しがトコ 亀口:あぁ、詩ですか。

上田:僕もね、詩人になりたかったの。文学青年だったので。

しがトコ 亀口:それを聞くと、なんだか納得しますね。

上田:でも、滋賀に来てお年寄りと話をしたり、
こういう書いてもらったものを見たりしていると、
自分みたいな者が詩を書いている場合じゃない。
この人達の暮らしや言葉、そのものが詩じゃないか。
これには到底敵わないなと思ったんです。

しがトコ 亀口:なぜなんでしょう?

上田:例えば水を飲むのでも、
「俺ら、水の皮めくりして飲んだんや」って言うんです。
水をくむ前に、やかんの底で川の表面をパッパッと払ってくんだ、ということなんですね。
他にも比良山の向こうに雲がかかってきたら、
それを「風まくら」と呼んで、こういう雲が出たら風が吹くよと言い合ったりね。

生活に密着して、生活の中から生まれた生きた言葉とか、
自然の認識に裏打ちされた言葉とか、生き方。
それがそのまま詩のような、全てがつながっているというか。
詩っていうのは1行が、全ての行と関係を持っていて、全部で完結している世界でしょう?

滋賀県はそういう山、里、海のつながりがあり、外から来るもの、出て行くもの、
そのつながりが非常に分かりやすい。実感できる世界だと思うんですね。

しがトコ 亀口:そういう言葉が普通に出てくるんですね。

上田:別にそれは詩を作ろうとかじゃなくて、
日常の言葉なんですね。それを司馬遼太郎や、芭蕉も聞いたんでしょうね。

しがトコ 亀口:そうですね。

上田:人々が自然の中で生み出してきた風景というものが、
いたる所にある。それが滋賀県です。手付かずの大自然、という美さではないんですよね。
そこで人々が食って生きてきた意味とか、恵みや価値に満ち溢れた所なんです。
そういう意味で、私たちが見ている風景というのは、
ここで無事に生きていこうという思いで一所懸命に暮らしてきた、その結果としての風景です。

しがトコ 亀口:なるほど。だから美しいと思うのかもしれませんね。

上田:今も画家や写真家のように
「芸術」によって「風景でメシを食う」人はいるけれど、
ここで生活していた人達というのは「食える風景をつくってきた」人なんですね。
そこに住むことが、澄むことにつながるような、
風景を長い年月をかけてつくってきたんです。
そのことを知らない人でも、この風景を見て美しいと感じるんですよね。

しがトコ 亀口:人の手が入っているから美しい、それを無意識に感じているのかもしれませんね。

【12】人と魚が共存する「ゆりかご水田」

上田:そこでもう一つ滋賀県がおもしろいのは、
そういう風景を生きものも使っているというところです。
田んぼなんて人間がつくった場所でしょう。これ見たことある?

しがトコ 亀口:はい、ゆりかご水田ですね。いま、魚が跳ねましたね!

上田:もう水がいらなくなると、
人間が田んぼの水を落とすでしょう。その頃にはフナの稚魚が大きくなってるんですね。

しがトコ 亀口:これ、田んぼで育ったんですね!

上田:ここで生きてきた人達は、
確かに、徹底的に自然を自分たちが生きるために利用して、改変してきました。
だけど、かつては人間の力より自然の方が圧倒的に強いから、
その中で少しずつ改変しながら生きてきたわけですね。

人間だけがそれを利用していたかというと、
米作りは2000年以上前から続いていますが、
田んぼと琵琶湖の間に里海みたいな所があって、
そこが大雨が降ると田んぼと同じ高さになって、
魚達にとっては安全で暖かくて、子育てに良い環境だった。
深い所だと大きな魚が入ってくるし。だからここがゆりかご水田になったんですね。

しがトコ 亀口:いい名前ですね、ゆりかご水田って。

上田:そこを生きもの達も使ってきた。
そういう意味では人間と自然が折り合いをつけながら、
一緒に生きてきたという営みの歴史が土台にあるんですね。

沖島の人もね、800年続いた島を私の台で終わらせるのではなく、
次の800年まで続けたいと。要するに、前の800年とこの後の800年、
合わせて1600年を自分に責任のある、
関わりのある時間として意識しながら生きている人がいるわけです。

しがトコ 亀口:1600年。もう、見ているところが違いますね。

上田:ゆりかご水田が今、世界農業遺産の中核になるわけです。
これがあるということは、漁師も田んぼのことに関わるわけでしょう?
田んぼがちゃんと健やかで、魚達のゆりかごになれば、漁師にも良いことがある。
山からの水がちゃんと流れてこなければ困ることになるわけですからね。

それがつながるんですよ、滋賀県は。そこがおもしろい。
今、ようやく世界農業遺産とかでこれが注目されるようになりました。
人と自然が共にあって、良い関係をつくっている。
一時期は、それが失われたわけです。

しがトコ 亀口:失われていた?

上田:田んぼは米を作るだけの場所、
そのためにまっすぐにして、コンクリートの溝をつくって。
でも、田んぼってそれだけだったかな?と、多面的な機能があることを見直して、
もう一度段差をつけてやって、魚が入れるようにしたんです。

そうすると、田んぼって米作りだけじゃなくて、魚が育つ場所になる。
そうしたら、人間の子どももやって来る。

しがトコ 亀口:あぁ、確かにそうですね。

上田:そういう、多面的な機能をもう一度見直した時に、
田んぼが与えてくれる恵って米だけじゃない、
しかも田んぼは人間だけのものではない、と気づくんですね。

それが世界農業遺産として非常に素晴らしいものだという価値が再発見されたんですよね。
でもそういうことを、人々はごく当たり前に、すごいとか、そうしてやろうと思ったんじゃなく、
魚達も必死に生きている、人間もそこで必死に生きている、
その中で折り合いをつけたりケンカをしたりしながらつくってきた景色がそこにある。
一方で近代的な暮らしも享受しているという、
滋賀県の地政学的なおもしろさがありますね。

【13】何もない「無事」を続けるすごさ

私はそれを『ブジネスモデル』と言っていますが、
そういう意味ではビジネスというのは、
拡大成長、独り占めすること、
株価なんてコンマ1秒の世界でしょう。

だけど、地域とかコミュニティ、自然や命の論理っていうのはそれだけじゃないですよね。
有事の経済じゃなくて、今日も変わらず、明日につながっていくように。
先祖と子孫の間で千年ぐらいの幅をもって生きること。
滋賀の人は「滋賀はなんにもない」言うでしょう?

しがトコ 亀口:言いますね(笑)

上田:そう言うんだけれど、なんにもない、
その無事があるんだから。無事を続けてきた文化なんです。
それが揺るがぬものとして土台にある安心感ですよね。
それが大事だと思います。住むは澄むなりという、自然とつながるシステム、
それから人と人とのつながりを保つための知恵とか、守りをしていくと言う考え。

家を守りする、田んぼを守りする、先祖から預かって
子孫へつないでいくんだという思いがありますよね。
琵琶湖もそうでしょう?預かっているのは滋賀県。所有じゃないんです、
守りをしているんです。そうやって生きている人が、滋賀県のあちこちにいます。

しがトコ 亀口:例えばどんな人が?

上田:戸田直弘という漁師、ブジネスマンです、この人。
お金になるモロコは死んでても売れる。
でも一緒に網にかかってくる売れない魚を船の上で殺していたら、どうなるか。
多様性が失われて、売れる魚もとれなくなる。
だから「私の仕事の半分は、売れない魚を生きているうちに
琵琶湖に放すことです」と、言うんですよ。

しがトコ 亀口:かっこいいですね。

上田:そうでしょう。これを普通の漁師のおっさんが言うわけですよ。
もうひとりは、「湖里庵」の左嵜さん。
この人は同い年だけれど私の先生です。

しがトコ 亀口:「湖里庵」、はい、滋賀の老舗ですね。

上田:「守りをする」ということは、
この人から教えてもらいました。
「鮒ずしを作っている、という気はないんです。自分は桶の守りをしているだけ」と。

しがトコ 亀口:「守り」ですか。

上田:小学校の頃から、鮒ずしの水を替えてきた。
それをやらされていて、ずっと嫌だなと思っていたけど、
毎日当たり前にこなしてきた中で今になって良かったなと思うのは、
おいしい鮒ずしを漬ける方法は未だに分からない、
でも、ある日蔵に入って「なんか今日は変だな」と、
それに気づく力はついた、ということだそうです。

しがトコ 亀口:気づく力、はい。

上田:何かが変だと思ったら、そこから対処ができますよね。
毎日お祭りみたいな大騒ぎの中で生きていたら、こういう変化には気付けないでしょう。
でも、当たり前に、無事に毎日の暮らしをずっと続けてきて、
何もないと言いながら、でも何かがあった時に「あっ、変だ」と気付ける。
この感覚。それに気付く力がついたと言うんですよね。

しがトコ 亀口:なるほど、違和感ですね。

上田:だから滋賀の奥深さというのは、
まさに「無事」があって、それをどう続けていくか、生きる知恵とか暮らしとか歴史とか。
この「何もない」を百年、千年続けてきた無事の文化なんです。
だから風景の中に無事が見える。
無事の風景が我々に何か訴えてくるというか、安心するというか。

しがトコ 亀口:「無事の風景」を私たちは見ているんですね。

上田:だから「何もない」と言われても、言い返さなくていいんです。

しがトコ 亀口:「何もない」は、豊かさの証ですね!
この壮大なスケール感のあるお話を、
SNSで発信することに意味があるような気がしています。
今日はとても興味深いお話をありがとうございました!

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(写真:鎌田遥香 文:亀口美穂)

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