Interview

世界初の自転車は滋賀でつくられた!? 江戸時代の発明品「新製陸舟奔車」のヒミツに迫る!

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【萬年山 長松院(ちょうしょういん)/滋賀県彦根市】

世界初の自転車はドイツで誕生したとされていますが、
なんとそれより何十年も前に、滋賀県彦根市で
自転車が発明されていたというウワサが!

その真相を探るべく、発明した人物のお墓を守る
彦根市の「萬年山 長松院」の
手塚紀洋住職にお話を聞いてきました。

びわ湖を自転車で一周する「ビワイチ」の人気が高まっていますが
滋賀と自転車の関係は今に始まったことではないようで…。

彦根は自転車発祥の地?

手塚住職

—さっそくですが、彦根市が自転車発祥の地というのは本当なんでしょうか?

手塚:はい、そう言えると思います。
1732年に、彦根で「新製陸舟奔車(しんせいりくしゅうほんしゃ)」という
ペダルを漕いで進む舟の形をした三輪車が
発明されたという記録が残っています。

—舟の形をした自転車…ちょっと想像できないです。

手塚:ちょうど世界の自転車の歴史をまとめた本がありまして…

新製陸舟奔車の図

「Bicycle Design: An Illustrated History」より

手塚:左側の絵のような感じです。

—わあ!本当に、舟に車輪が付いてるんですね!

手塚:全部木でできていて、
ハンドルがあって方向転換もできたんですよ。

手塚住職ハンドル

手塚:ちなみに今、自転車の起源とされているのは、
1817年にドイツ人のカール・フォン・ドライス男爵が発明した「ドライジーネ」です。
車輪が二つあって地面を蹴って走る、小さい子ども達が乗っている
ストライダーみたいな乗り物です。
でも、新製陸舟奔車が発明されたのはそれより100年近く前。

—そんなに前なんですか!?

手塚:実は世界初の自転車には、ちょっと論争がありまして。
まず、自転車の定義をしないといけないんですよね。

本表紙

—定義、ですか。

手塚:例えば、中国語では自転車を「自行车」つまり“自分で行く車”といいます。
この通り“自分の力で進む車”というのが自転車の定義だとすれば、
間違いなく世界最古の自転車は、滋賀県彦根市で生まれました。

手塚住職

手塚:もうひとつのポイントは、ペダルをこぐと前に進むという仕組みです。
世界で初めてペダルを採用したのも新製陸舟奔車で、
それを自転車の心臓部とするなら新製陸舟奔車は自転車と言えるのですが、
ここで問題になるのが、言葉の違いです。

—言葉、言語ですか?

手塚:はい。英語では自転車を「bicycle」と言います。
“二つの輪”という意味ですね。
それを定義とすると、新製陸舟奔車は三輪車になってしまいます。

手塚住職

—つまり自転車ではないと。

手塚:そう。だからペダル式で自走する乗り物を自転車とするなら
新製陸舟奔車が世界初の自転車です。
でも、二輪車を定義とするならこれは違ってくる…
世界の専門家にぜひ話し合っていただきたいところです。

—自転車って奥が深い…夢が広がりますね!

天才なのに、ツイてない発明家

手塚住職

—でもこの話って、あまり知られていない気がするんですが…

手塚:そうなんです。
それがこの、平石久平次時光(ひらいし くへいじ ときみつ)
という人のツイてないところなんですよね。

—新製陸舟奔車を発明した人ですか?

手塚:はい。久平次さんは、いわば日本のダヴィンチのような人でした。
1696生まれの彦根藩士で、お奉行さんを勤めながら
生涯で376冊の本を書いたといわれています。

手塚住職

—江戸時代の彦根にそんな人が!

手塚:数学や天文学にも通じていて、星の位置から
現代のコンピュータで計算するのとほぼ同じ精度で
彦根の緯度と経度を算出したそうです。

—江戸時代にそんなすごいことを!
しかし、その久平次さんが、なぜ自転車を?

手塚:学術に優れていた上に、好奇心旺盛だったんでしょうね。
当時、現在の埼玉県本庄市に庄田門弥(しょうだもんや)という
お百姓さんがいて、その人が「陸船車(りくせんしゃ)」
という乗り物を作って将軍に献上したそうです。

久平次のお墓

手塚:それを聞いた久平次さんは、
「自分も作ってみたい!」と思ったんですね。
でも、当時は埼玉まで気軽に実物を見に行くこともできない。
だからどんな乗り物なのかを人づてに聞いて、
試行錯誤して作ったのがこの新製陸舟奔車でした。

—あれ?ということは、最初の自転車は埼玉の陸船車では?

手塚:そう思うでしょう?
ところが陸船車の方は、足踏み式なんです。
水車に似た歯車を足で踏んで動かす乗り物で、
農機具やからくり人形がヒントになっていたのではないでしょうか。
ペダルをこぐ自転車とはまったく別物で、四輪で方向転換もできませんでした。

手塚:久平次さんにとっては、
「陸を走る船がある」程度の情報しか得られなかったことが、
むしろ大きな発明につながったんですね!

—どうやって動かすか、ものすごーく考えたんでしょうね。

手塚:当時は馬や担ぎ手なしの、
人力で動く乗り物なんてなかったですから。
その仕組みを考えたこと自体がすごいですよね!

手塚住職誘導

—まさに発明家ですね!で、ツイてないっていうのは?

手塚:久平次さんはそんな風にすごい人だったので、
子孫がその業績を後世に伝えようと、このお寺の境内に鉄塔を建てて
中に久平次さんが書いた本や記録を大切に保管したんですね。

—タイムカプセルみたいですね!

手塚:ところが大正時代に一族が横浜に移り住んだ時、
中身を全部持って行っちゃった。
で、その数年後に関東大震災が起こってしまい
全部燃えてしまったんです。

—なんということでしょう…

手塚:だから久平次さんが書いた本も記録も、今はほとんど残っていません。
境内にあった鉄塔すら、太平洋戦争の時に回収されて
跡形もなくなってしまいました。今、残っているのは石の土台のみです。

鉄塔の土台

—何も残っていないから、人々は知るよしもないと。

手塚:はい、本当にツイてないんです。
今お話ししていることも、私自身、
6年ほど前に研究者の先生の訪問を受けて初めて知ったくらい。

手塚:そこからいろいろ調べていくうちに、
運良く図書館に保存されていた図面から新製陸舟奔車を知ったり、
墓地の中にまぎれていた久平次さんお墓を
本堂前に移すことができたり。

にわかに物事が動き始めたな、と思って
去年ふと久平次さんが亡くなった年を調べてみたら、
ちょうど250回忌だったんです!

250回忌

—偶然とは思えない!久平次さんのお導きでしょうか?

手塚:これはしっかりご供養をしなければ思って、
近所の子ども達と一緒に盛大に法要をしました。

ビワイチの安全祈願と休憩処「可休庵」

手塚住職資料館前

手塚:最近は、ビワイチでたくさんの人が彦根に来てくれますが、
私はぜひ「ビワイチブ」もおすすめしたいと思っています。

—ビワ、イチブ、ですか?

手塚:せっかく滋賀県をぐるっと回るなら、
ただ湖岸道路を通過するだけではもったいない。
少し足を延ばして、それぞれの町の魅力をじっくり楽しんでほしいなと思います。

—確かに、今日は湖東、次は湖北とお遍路みたいに回っていって、
最終的に一周するのもいいですね!

可休庵

手塚:もともとあった古い弁天堂を改修して
自転車で来た方に休憩してもらえるよう
「可休庵」と名付けて開放しています。

可休庵内観

手塚:摩利支天(まりしてん)様という道中安全の神様をお祀りしているので、
ビワイチやサイクリングの安全祈願にもぜひお参りください。

手塚:最後にひとつ。
これまでお話してきた新製陸舟奔車の実物を見たくないですか?
彦根総合高の生徒さんが卒業制作で復元したものが
高校に所蔵されているので、ぜひそちらも見せてもらってください!

いざ、本物の新製陸舟奔車を体験!

熊谷先生と新製陸舟奔車

実物があるならぜひ見たい!ということで、
ご住職に紹介してもらい、彦根総合高校へ。

生徒が復元した新製陸舟奔車は
思ったよりも大きく迫力があります!
制作を担当された熊谷貴文先生にお話をうかがいました。

「最初は小さい模型を作るつもりで生徒たちに提案したのですが、
どうせなら実物大にして乗ってみたい!と盛り上がって。
どんどん本格的になっていきました」。

ペダル

「ペダルの部分は車軸とつながっていて
初めは木で作っていたのですが
人が乗るとパキッと折れちゃったんです。
強度が必要だということで、プラスチックに替え、補強を加え、
最終的には金属を溶接して作りました」。

接合部分

前輪とハンドルの接合部分にも試行錯誤のあとがうかがえます。

「前輪とハンドルをどうつなぐか。
人が乗るには安全性と耐久性が必要で、
木がきしむとぐらつくので、前輪とハンドルの接合部は
良い方法を探りながら何度も補強しなおしました」と熊谷先生。

苦労も多かったようですが約2か月をかけて
生徒たちは意欲的に制作に取り組んだそう。

新製陸舟奔車に乗る熊谷先生

「漕げば進むし、方向転換だってできますよ。
僕らは結局安全性を持たせるために
一部金属や既製品のタイヤを使いましたが、
江戸時代はこれを全部木で作ったんだからすごいですよね!」

彦総式新製陸舟奔車

この後、少し乗らせてもらいましたが
バランスを取るのが思ったより難しく、
舗装もされていない江戸時代の道を走るには
なかなか大変かもと思いました。

現物はもちろん、詳しい資料すら残っていない
まぼろしの発明品をこの目で見ることができ、
試乗までさせてもらえて、本当にラッキー!
長松院のご住職と、彦根総合高校のみなさんに感謝です。

彦根市民として、「自転車といえば滋賀」「自転車発祥のまち彦根」と
いつか言われる日が来たらいいな、と思いました!

(文:林由佳里 写真:林正隆)

「萬年山 長松院」を地図でみる

JR彦根駅より徒歩15分、自転車で6分

萬年山 長松院

→大きい地図で見る

『萬年山 長松院』の施設詳細

住所
滋賀県彦根市中央町4-29 【→地図】
電話番号
0749-24-3225
公式サイト
萬年山 長松院
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