カルチャー

ここにあった!『近江日野商人館』に眠る貴重な展示。江戸の息遣いが聞こえる近江商人の“粋”に圧倒

近江日野商人館の外観

【近江日野商人館/滋賀県日野町】

自動車の音が一切聞こえてこない、広々とした奥座敷。
ガラス障子の向こうに見えるのは、
手入れが行き届いた立派なお庭。

江戸時代から続く屋敷や蔵が建ち並ぶ、
滋賀県日野町の街道沿い。

ひっそり佇むお屋敷にあったのは、
「国宝級」や「幻」と名がつく物ばかり。

メインストリートから小道を少し入ったところに、
近江商人の一つ「日野商人」の歴史を伝える
『近江日野商人館』があります。

江戸時代の街から玄関をくぐると「銀座」があった

外観2

塀越しに顔を覗かせるのは大きな松の木。
洗練された「和」の佇まいに厳粛な空気を感じつつ玄関をくぐると……

玄関の様子

出迎えてくれたのは意外にも、
ひと昔前の扇風機やラジオ、だるま時計といったハイカラな品々。

さらに案内していただいた部屋には、蓄音機や洋傘、シルクハットが並び……

おや、こちらの機械はなんでしょう?

ハエ

こちらは当時の自動ハエ取り器「ハイトリック」
高度(ハイ)なゼンマイ仕掛け(トリック)から名付けられたそうです。

ハエ取り器すらハイテク……いやハイカラな空間に加え、
廊下にはハンドルを回せばジリリと鳴る古い電話機も。

電話

まるで江戸時代の宿場町からレトロモダンな銀座の世界へ、
タイムスリップでもしたかのよう。

受話器を耳にあてると、今にも100年前の声が聴こえてきそうでした。

しかし電話機も蓄音機も、もちろん当時は最高級品。
それをこれだけ集めてみせた日野商人とは、
そもそもどういう集団だったのでしょうか?

「副業OK!」から始まった日野商人の歴史

「農民たちが始めたアルバイトが、日野商人の始まりでした」

館長

そう語るのは館長の満田良順さん。

幕府直轄領かつ江戸から遠く離れた日野では規制が緩く、
年貢さえ納めれば副業が許されていました。

そこで日野の農民たちがまず手をつけたのが、
日野で作られていた「日野椀」の商い。

日野椀を主に関東の農村へと行商に赴いたのが、
日野商人としての始まりでした。

日野椀

漆が塗られていない不衛生な食器を使っていた庶民層にとって、
漆器ながら安価な日野椀は人気だったそうです。

しかし領民の財産の流出を懸念する奉行所が徐々に増え、
実際に日野商人を締め出すお触れを出した所さえありました。

まさかの「出禁」という大ピンチ。
しかし日野商人たちのバックには、ある頼りになる存在がいました。

「手ぶらの近江商人」だったかもしれない日野の商人たち

日野大当番

その名は「日野大当番仲間」

今で言う組合にあたる組織です。
街道の宿場ごとに日野商人の定宿を設置して商いや物流拠点とし、
ときには直轄領を治める幕府とも交渉するなど、
所属する商人たちの商いをサポートしていました。

定宿

さらには運送部のような部署もあり、
遠方まで商品を運びたい時は、近場の定宿まで代わりに運んでくれたサービスも。

「組織」が「個」を助けるシステムは当時としては珍しく、
日野以外の商人たちも加盟を願い出にくるほどでした。

玄関展示

日野椀から始まった商売はやがて薬、そして醸造業へと広がっていき、
巨万の富を築き上げていった日野商人たち。

そして時代も江戸から明治、大正、昭和へ。

今も日野の屋敷に残されているハイカラな品々は、
都市部で働いていた主人たちが故郷に持ち帰ったものでした。

蓄音機

こちらの蓄音機も未だ現役。
想像していたよりもずっと鮮やかな音質で、
ハイカラな曲を奏でていました。

ここで満田館長が思わぬ一言を。

「近江商人ってよく『天秤棒を担いで行商した』て言われているでしょ?」

天秤棒

「あれ、後世になって作られたイメージですから」

「え!」

思いがけない言葉に仰天する私たち。

「日野商人は日野椀を何百何千枚と運ぶ必要があったから、天秤棒だけでは到底運べません」

実際の行商は、物資を積んだ馬を何頭もつないだキャラバン隊のようなもので、
極端な話、商人自身は天秤棒を担ぐ必要もなかったかもしれないのだとか。

「あの格好をしたのは、行商先が京都とか近隣地域だった時じゃないかな」

“手ぶらで行商する近江商人”

意外すぎるイメージに驚きつつ、
私たちはより深く日野商人の足跡をたどるべく、
2階にある展示資料室に向かいました。

「これを見られるのは日野と博物館くらい」

展示室

2階の展示資料室にびっしり貼られていた資料の数々。
内容は日野商人の歴史を今に伝えるもので、
実際に使われていた日用品なども保存展示されています。

とっておき

中には特に貴重な「とっておきの6点」として紹介されているものも。

そのとっておきの品の一つが、
金属が不足した太平洋戦争末期に生まれたこちらの陶貨です。

陶貨

政府の命令で日野商人が製造したものでしたが、
発行前に終戦を迎えたことから、
国民が存在を知らない幻の貨幣となりました。

この陶貨が残っているのは、
日野とあとは大阪の造幣局くらいだそうです。

そしてこちらの石も何の変哲もないように見えますが……

石薬

実は貴重な舶来物の石薬。
なんと奈良の正倉院国宝と同等のもの!

美術館や博物館で展示されるレベルの品々が、
こうしてお手軽に見られるなんて……

日野の街と日野商人の隠れたスケールの大きさを知り、
取材を忘れ、思わず資料や展示物に見入ってしまっていました。

「みんなのおかげ」という気持ちから生まれた奥座敷

最後に案内していただいたのは、1階の奥座敷。
大切な客人はまずここに案内するのが、
日野商人の伝統なのだそうです。

奥座敷

広々とした空間に腰を下ろすと、
ガラス障子の向こうには手入れが行き届いた立派なお庭。

自動車の音などは一切届かず、
代わりに聞こえてくるのはカタカタと風がガラスを揺らす音。

こんな所でゴロンと大の字になれたら気持ちいいだろうなー、

なんてのんびり見物していると、

「そこの柱は4面すべてが柾目の素材で、1本数千万円するんですよ」

柱の説明

またもや館長の解説に驚かされる私たち。

他にも天然記念物級という黒柿を使った框や、
七宝焼きの襖の取っ手など、
天井から床に至るまで、
どれも手間も費用もかかった装飾ばかり。

七宝焼き

しかし大切な客人を招くためとはいえ、
なぜここまでこだわる必要があったのでしょうか。

その目的は意外にも「人助け」のためでした。

近江日野商人館として使われているこちらの建物は、
そもそも日野商人・山中兵右衛門さんの本宅として建てられました。

廊下

建物が建てられたのは昭和11年から14年にかけて。
昭和恐慌を経てやがて戦争へと至る不景気だった頃でした。

「我々商人が財を築いてこられたのは消費者の方々がいてくださったおかげ」

社会にあふれた失業者の姿を憂いた当時の当主が、

「今こそ恩返しがしたい」

と、失業対策として行ったのが本宅の建築でした。

これは「お助け普請」という呼び名で知られ、
全国的にも珍しい建築なのだそうです。

そんな当主の想いは奥座敷にも表われていて。

桟の意匠などが複雑で手間がかかるものになっているのは、
労働者が一日でも一秒でも長く働いていられるように、
取り計らったためと言われています。

お助け普請

「今の自分がいるのは誰かのおかげ」

常に感謝の気持ちを忘れず、
他者を思いやり、
誠実な商売と生き方を心がけてきた日野商人たち。

その姿を知れば知るほど、
今の時代をより良く生きるためのヒントをもらえた気がしました。

もしかしたら私がここで触れた美術品とは、
何世代にも渡って受け継がれ、磨きあげられてきた、
彼らの生き方そのものだったのかもしれませんね。

近江日野商人館の外観

日野商人の美があちこちに隠れた、
レコードが流れるハイカラ屋敷。

日野を訪れた際は、
ここでしか見られないものをちょっと覗いてみませんか?

(文・結城弘 写真・山本陽子)

記事を書いた人
結城弘/滋賀県出身。小説家・ライター。滋賀が舞台として登場する小説『二十世紀電氣目録』『モボモガ』を執筆。趣味は旅行、レトロ建築巡り、ご当地マグネット集め、地酒を味わいながら鉄道旅。noteにて滋賀の話題や旅行記事を発信中。各SNS⇒ X(旧Twitter)Instagram

『近江日野商人館』の詳細

住所
滋賀県日野町大窪1011
開館時間
午前9時~午後4時まで
休館日
毎週月・火曜日 ※ただし月・火曜日が祝日の場合は開館し、水曜日が休館
電話番号
0748(52)0007
公式サイト
https://hinosyouninkan.jp/

提供:滋賀県 「滋賀をみんなの美術館に」プロジェクト http://bino-shiga.net/

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