カルチャー

50年間で30万枚!「離村集落」を撮り続けた膨大な記録写真の展示

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【滋賀をみんなの美術館に#06/湖北アーカイブ研究所】

琵琶湖の源流、高時川のさらに源流に、
かつて「集団離村」した7つの村があったことを知っていますか?
そして、その集落と人々を50年以上にわたって映した、
膨大な記録写真が残っていることを―。

滋賀県内でいま、これらの貴重な写真を
展示する企画が各地で開かれ感動を呼んでいます。
主催するのは「湖北アーカイブ研究所」。
展示の一端をご紹介します。

7集落の離村を追って

プロパンガスや石油ストーブの普及で
木炭が売れなくなってきた1960年代後半、
炭焼きが生業だった長浜市北部の村が「集団離村」することになりました。
奥川並(おくこうなみ)が1969年、針川(はりかわ)が1970年、
尾羽梨(おばなし)が1971年と、住民が次々に村を離れていきました。

「『集団離村』のニュースを聞いて、〝写真に残しておかないと忘れ去られる〟と思い、
休みのたびに村に通いました」と「湖北アーカイブ研究所」の吉田一郎さん。
これが50年以上に渡る記録の始まりでした。
(写真は、集団離村でぐずる子をせかす親の姿=1970年12月8日、針川)

その25年後の1995年には、
当時計画中だった「丹生ダム」に沈むとされた4集落も離村となりました。
半明(はんみょう)、小原(おばら)、田戸(たど)、鷲見(わしみ)の4つです。

鷲見の離村前夜、最後の会食が執り行われました。
暮らしていた人々の気持ちはいかばかりだったのでしょう…。

人々が去って…50年を隔てた3枚の写真

こちらは、鷲見集落を1977年に撮影した様子。
茅葺(かやぶ)きの人家が立ち並んでいます。
それが離村から5年がたった2000年には…。

人家がなくなっていますが、同じ場所の写真です。
電柱や橋、川べりに人々の暮らしの跡が残っています。
そして、さらに20年後の2020年には…。

当時あった家々の段差もなく、敷地もわからなく…。
変わらないのは山と川だけ。「鷲見川」の石柱だけが当時の面影を残しています。
でも、と吉田さんは言います。
「ふるさとの原風景は、そこで過ごした人々とそこを知る人々にとって、永遠に消えることはありません」

祈り、山、雪とともにあった暮らし

「湖北アーカイブ研究所」の写真は、
離村前の高時川源流の暮らしぶり記録した貴重なものです。
自然ともにある暮らしは、厳しくも、現代の暮らしにはない美しさをたたえています。
(写真は、小原集落の精霊流し)

雪も大敵。1981年の大雪、茅葺き屋根を支える棟木(横の太柱)が折れて、
自宅を「掘り起こす」姿までありました。

こちらは小原集落にあった丹生小学校小原分校。
通学できないほどの豪雪もあったので、1階は子どもたちと先生の寄宿舎。
子どもたちは、学校に近い家庭に泊めさせてもらうこともあったと言います。

自然神信仰として根付いている「野神」。
鷲見集落のご神体(鷲見大明神)は高時川を渡った先の洞窟にありました。

鷲見離村式の2週間後、ご神体は洞窟から余呉町に移されました。
地域にとって大切な場所は、普通は〝よそ者〟に見せないはずですが、
足しげく通う吉田さんだけは例外でした。

「最初はカメラを向けると顔を隠した村の人も、
やがて馴染みになると『上がってかんせ!』と言ってもらえるようになりました」(吉田さん)

感動を呼んだ、写真展「琵琶湖源流の美と暮らし」

吉田さんが撮りためた写真はなんと、約30万枚。
その一部がデータベース化され、企画展示も行われました。

2021年10月から長浜市内3会場、2022年1月から滋賀県立美術館での展示。

「琵琶湖源流の美と暮らし」と銘打った写真展には予想を超える来場があり、
貴重な写真の数々に感嘆の声が上がりました。

1枚の写真がもつ力を未来の糧に

写真展の期間中、吉田さんにとって忘れられない出来事がありました。
離村前の写真に映っていた谷口長三さんが写真展を訪れた時のこと。

ご高齢で体調も優れず、「最後の外出」と一念発起しての来場でした。
ところが写真を見るなり、目を輝かせて「これはお母ぁや…」。
「1枚の写真の持つ力を見せつけられる思いをしました」と話す吉田さんの目にも涙が光りました。

吉田さんは言います。「写真を撮り始めた時には、こうなるとは予想もしていなかったんです。
何となく『撮っておこうかな』という程度。でも、いま思うのは『過去の記憶が未来の糧になる』。
私はこの写真を未来の世代に残したいと思っています」。
御年80歳。言葉に力がみなぎっています。

「湖北アーカイブ研究所」の記録をまとめた写真集「地図から消えた村-琵琶湖源流七集落の記憶と記録」がサンライズ出版より3月15日(火)に発売。滋賀県内の書店で購入可能です。

(取材・文:川島圭 写真:湖北アーカイブ研究所 編集:しがトコ編集部)

記事を書いた人
川島圭/滋賀県東近江市の若手農家。生まれは東京。北海道から沖縄までを転々とした後、慣れ親しんだ祖父母の家に流れ着き、新規就農しました。地域や文化に興味があり、農業体験宿泊などにも取り組んでいます。

※「滋賀をみんなの美術館に」は『しがトコ』が企画・取材を担当し制作しています。この記事は、滋賀県公式のポータルサイト『滋賀をみんなの美術館に』でも公開されています。

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