【大津市/琵琶湖環境科学研究センター】
琵琶湖の水を、ほぼ毎日、48年。
顕微鏡の向こうで、目に見えない生きものたちを見つめ続けてきた人がいます。
元・琵琶湖環境科学研究センター特命研究員。
プランクトン研究歴およそ半世紀の一瀬諭(いちせさとし)先生です。
赤潮が社会問題になった1970年代から、琵琶湖の水を汲み、観察し、記録し続けてきました。
前回、しがトコ編集部はその顕微鏡の世界をのぞかせてもらい、“ミジンコちゃんの生き残り戦略”を知り、見えない琵琶湖の物語に、すっかり心を奪われました。
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あれから数年。
もう一度お話を聞きたくなり先生を訪ねました。
しかも今回は、琵琶湖に興味津々の学生たちを引き連れて。
「NEXT BIWAKO CREATORS(NBC)」と呼ばれる、琵琶湖の魅力を動画や写真で伝える若者たちと一緒に!
少しにぎやかに押しかけました。
「先生、また来ました!」
「はい、お久しぶりですね。今日も朝、水を汲んできましたよ」
……これです。一瀬先生の日課、琵琶湖の水汲み。
何十年も、ほとんど毎日。今朝も、当たり前のように。
「一瀬先生の琵琶湖の水汲み」
その言葉を聞くだけで、しがトコ編集部の胸は妙に高鳴るのでした…。
今日も先生は、琵琶湖の水を汲みに行く

先生は、48年近くプランクトンを研究してきました。
でも“研究”という言葉では足りません。
ほぼ毎日。瀬田川や琵琶湖に足を運び、水を汲み、顕微鏡をのぞく。
真夏も。真冬も。
オオバンやユリカモメが何匹いたか。
人は何人歩いていたか。

天気や水位はどうか。
水の流れが強いか、止まっていないか。
岸にはタニシやブルーギル、
水草の広がりはどうかまで、ざっと外観します。
そして、今日の植物プランクトンは、動物プランクトンはどうだったか。
それを、ずっと、ずっと記録し広報してきたのです。
顕微鏡をのぞく先生は、
まるで旧友を探すみたいに、次々とプランクトンを見つけていきます。

そんな一瀬先生の研究室があるのは、大津市『琵琶湖環境科学研究センター』。
琵琶湖の水質調査や環境保全に関わる様々な調査・研究を行っている施設です。
普段はなかなか足を踏み入れられない場所へ、今回は特別に、NBCのメンバーたちと共にお邪魔しました!
「プランクトンにも心があるんです」

スクリーンに映し出されたのは、これまで汲んできた琵琶湖の水。
顕微鏡の奥に広がる小さなプランクトンの世界です。
「これはハネウデワムシ」
「これはミクロキスティス。アオコの原因になるやつですね」
私たちが必死で目を凝らすなか、先生はぽつりと言いました。
「プランクトンにも心があるんです」
心?
「暑い日や、水が汚れている時は増え方が違う。環境をちゃんと感じているんです」

単なる微生物ではない。
水温や栄養の変化に敏感に反応し、増えたり、減ったり、姿を変えたりする。
先生の語り口は、どこか愛おしそうです。

前回もそうでした。
ミジンコちゃん、と呼んでしまうその感じ。
顕微鏡の向こうにいるのは、“研究対象”ではなく、長年見続けてきた、小さな隣人たち。
透明という名の、栄養不足

「琵琶湖の水は、昔よりずっときれいになりましたよ」
赤潮の時代を知る先生は、そう言います。
下水処理が整い、リンや窒素の流入が減り、水は確かに澄んでいきました。
でも。
「栄養も減ったんです」

植物プランクトンのエサが減る。
それを食べる動物プランクトンが減る。
その先の魚も減る。
透明であることは、栄養が少ないことでもある。
人間にとっての“きれい”と、生きものにとっての“豊かさ”は、必ずしも同じではないのです。
2メートルのプランクトンもいる?

「ところで」と、先生は突然問いかけました。
「みなさん、プランクトンって、なあに?」
少し戸惑いながらも、学生たちは答えます。
「生き物?」
「魚が食べるもの?」
「生き物の中で一番小さい……?」
先生は、にこっと笑って首を振りました。
「いえいえ。プランクトンのエチゼンクラゲは2メートルもあります」

2メートル?!
プランクトンって、顕微鏡でしか見えない小さな存在だと思っていたのに。
まさか2m級の生きものまで“プランクトン”に含まれるなんて。
「プランクトンとは、水に逆らって泳ぐ力がない“浮遊生物”のことです」
大きさではない。泳ぐ力の有無なんです。
世界が、少し広がる瞬間です。
琵琶湖の中の小さな「きれい」

講義を終え、学生たちはもう一度琵琶湖へ向かいました。
「目に見える問題だけじゃないんですね」
琵琶湖を眺めながら、そんな言葉が思わずこぼれる学生たち。

湖面は今日も穏やかで、鏡のように空を写しています。
でもその下では、無数の小さな命が、今日も必死に生きている。
先生が何十年も見続けてきた世界。
「プランクトンの世界があってはじめて、生き物や人間の生活が成り立っていく」
まずは、知ること。そして、自分で考えること。
琵琶湖の水が“きれい”だと感じたとき、その向こう側にいる見えない小さな命のことも、少しだけ想像してみる。
それだけでも、湖の見え方は、きっと変わるのかもしれません。
(文・編集:しがトコ編集部)












