【愛が深い!びわ博の人】
前回の記事では、琵琶湖博物館の学芸員のおふたり、
土器マスター、イタチムシマスターに、
専門分野にまつわるマニアックなお話を伺いました。
ここからは後編。さて、次はどんなマスターが登場するのでしょう!
*琵琶湖博物館は、新型コロナウイルス感染症対策のため
当面の間、休館しています。営業情報は公式サイトでご確認ください。
海なし県に咲く海浜植物のナゾを解き明かす“植物マスター”
前編から引き続き、3人目は、琵琶湖岸で生きる植物が
ご専門という大槻達郎さん。
お気に入りの標本を小脇に抱えてじっと取材者を見つめる大槻さん
――このゾーンが大槻さんのご担当ですか?
大槻:はい。僕はその中でも琵琶湖岸にいる海浜植物を専門に、研究と保全をしています。
滋賀県は、海のない県ですよね?
なのに、海辺の植物が入り込んでいるんです。
――そうなんですか。でも、なんで?
大槻:うん、植物のタネなどが波にさらわれ、
水に乗って琵琶湖まで来たんでしょうけど、
いつから琵琶湖にいるのかについては、僕もよく分かってないんですけど。
――分かってない?
大槻:いや、琵琶湖の植物って結構前からこの場所にいると言われていて。
約7000年前は今より暖かくて海水面がもっと高かった時代があって、
海の水がこの辺りまで入り込んでいたようです。
――海の水がこの辺りまで!
大槻:はい。その近くには植物のタネなどが移動できるような
水のある環境がそれなりにあったと予想しています。
その水に浮かんで琵琶湖まで流れてきたんじゃないかと。
繊細なジェスチャーを交えて教えてくれる大槻さん。
大槻:僕が研究しているハマエンドウという植物は、化石が出ないんです。
だから、いつからその植物が琵琶湖にいたのかについては、
正確には分からないんです。
そこで僕は、DNAの塩基配列を読んで、琵琶湖にいる海浜植物って
どれくらい前のご先祖様までさかのぼれるかを推測したところ、
約4000年前かなって結果になりました。
――4000年前!そのDNAから、どんな事が分かるんですか?
大槻:DNAって僕らの体にも入っている生き物の設計図なんですけど、
その配列を見ると、種(しゅ)の違いが分かったり、
その生き物の進化の歴史を推定できたりします。
例えば、ヒトは他の動物との子供はできないですよね。
種の違いのおおもとは、DNAの塩基配列だったりするわけです。
でも植物って、他の種(しゅ)の花粉がついてもそのまま芽が出ちゃったりするのもいる。
雑種ができちゃいます。動物と比べると、結構適当なんですよ(笑)
――芽が出た後はどうなるんでしょう?
大槻:タネができず死ぬやつもいるし、
生き残って最終的には新しい種(しゅ)になるやつもいます。
大槻さんが研究しているハマエンドウ
大槻:琵琶湖にいるハマエンドウと
海にいるハマエンドウでは、
見た目が一緒でもDNAの塩基配列に違うところがあります。
――そんなことがあるんですか。
大槻:はい。ただ、海のハマエンドウの花粉を
琵琶湖のハマエンドウにかけたら、そのままマメができちゃうと思いますね。
「マメができちゃう」と、はなす大槻さん。
――マメができちゃう!融通がきくんですね!
大槻:そうそう、融通がきくから生きていけるんですね。
でも、絶対によそのものを琵琶湖に持ってこないでくださいね!
もし交雑すると、琵琶湖のハマエンドウの塩基配列と、
海のものがまぜこぜになります。
それは、地域にいる生き物が歩んできた、
進化の歴史が一部消えてしまうことを意味します。
外来種の交雑問題と一緒ですね。
――進化の歴史が一部消えてしまう‥‥。大変なことですよね。
大槻:ええ、そうなんです。
融通と言えば……ハマエンドウは根っこみたいな地下茎を伸ばしていて、
それがちょん切れても切れたところから復活もできるんです。
地下茎が切れて増えている個体同士をクローンといいます。
これも私、あっちにいるのも私、みたいな。
ちょっとヒトとは感覚が違いますよね。
――ちょん切れたもの同士、同じっていう感覚はあるんでしょうか?
大槻:それ、僕もすごく気になっていて。誰かに研究してほしい!
――研究、しないんですか?!
大槻:えっとね、僕には難しいんです(笑)
――そうなんですか、難しい?
大槻:植物同士のやり取りについては
まだわかっていないことが多くて、
「お前と俺は同じだな!」ってことまでは分かっているのかなぁ…。
自分自身の花粉ではタネができないって植物もいますけどね。
じつは植物は、根や葉から化学物質を出してコミュニケーションを取っているんです。
――えっ!?化学物質でコミュニケーションを。
「植物のコミュニケーションは化学物質を出してやり取りするんです」。
大槻:僕ら人間は、
声や身振り手振りでコミュニケーションを取るでしょ?
植物は動かないですよね。
だから化学物質を出してやり取りしてるんです。
例えば匂いを出して、「おまえらこっちに来るな!」と防御したり。
――植物が威嚇することもあるんですか?!
大槻:うん、まぁ、植物同士は
何らかの形でやり取りはしていますよ。
本当はハマエンドウが地下の生き物とどんなやり取りをしているのか
化学物質を抽出して調べたかったんですが、
僕の知り合いでそういう研究に詳しい人が
「マメは気分(状況)によって出す物質を変える」って言うんです。
――マメの気分‥‥大槻さんは、マメに関わって何年ぐらいになるんですか?
大槻:8年ぐらいかな。まだまだマメ初心者です。
「まだまだマメ初心者です」とキリッと話す大槻さん。
――ええ!8年もやってるのに!?
大槻:ただ、ハマエンドウに関しては
おそらく世界一詳しいですよ。この植物を研究している人って
本当にマイナーだから。そのマイナーの中で、
DNAからRNA、そこにつく虫やバクテリアまで、
この生き物をいろいろ調べてる人は多分他にはいません。
大槻:植物を保全するために、
まわりにいる虫の研究もしています。
例えば、ハマエンドウのタネをかじって発芽を助けている虫がいます。
ハマエンドウのタネはちょっと残念やつで、
自分で発芽することがほとんどできないんです。
――自分で発芽できない? それって結構致命的じゃ‥‥。
大槻:海浜には、ハマエンドウのタネを食べてしまうけど、
植物が吸水できるような穴をあける「クロマメゾウムシ」という虫がいます。
でも琵琶湖にはこのムシがいない。
――ピンチですね!
大槻:僕たちのこれまでの研究で、琵琶湖のハマエンドウは
クローンでは増えているけど、タネではあまり増えてないことは分かっているんですけどね。
僕はタネに硫酸をかけて、発芽を助けたりしているんですけど
そんなの、僕が死んだら‥‥ねぇ。
じっと取材者を見つめる大槻さん(手に持っているのは大切な標本)。
大槻:ちなみに僕、そのクロマメゾウムシをずっと飼っているんです。
――虫、飼っているんですか?
大槻:そうそう。研究室で飼っていて、
ハマエンドウのタネから成虫が出てくるんです。
「これですこれです」と大事そうにクロマメゾウムシを持ってくる。
――なんか、ペットみたいですね。
大槻:ペッ‥‥いや、研究材料です。
愛はありません。
――愛、あるんじゃないですかー?(笑)
くるりと背を向けて何やらガサゴソし始めました。
――あの〜、いま何をされてるんでしょう?
大槻:クロマメゾウムシをね、ちょっと見ていただきたいと思いまして。
いたいた、これです!
――‥‥んん〜?
大槻:これがクロマメゾウムシです。
――この、すごーく小さい虫ですか?
大槻:そうそう。
今は寒いから動きが鈍いですね。
僕は7月から冷蔵庫に入れて休眠させているんですけど。
――――冷蔵庫に!容赦ないですね!
「あら、こいつ寝ちゃってるかな〜?」と優しい眼差しで話す大槻さん。
大槻:でもね、こんな感じでずっと生きてます。
野生の幼虫は、7月ちょっと前からハマエンドウのタネの中に入って、中身を食べている。
でも、自然界にはこの虫を食べるハチがいるんです。
――ハチ、ですか。
大槻:その幼虫がクロマメゾウムシの幼虫を食い破るんです。
エイリアンみたいですよね。
「エイリアンみたいですよね?」とチラリ。
――クロマメゾウムシの天敵は、そのハチってことですか?
大槻:そうです。そのハチがね、僕が次に知りたいことです。
こういう「寄生バチ」には2種類いて、ひとつはハチがクロマメゾウムシの幼虫の動きを止めて
エサ化してしまうタイプ、もうひとつは幼虫を生かしながら自分は成長して、
最後に食い破るタイプ。僕の読んだ論文では、
北海道ではエサ化する寄生バチしか見つかってないんですが、
実は食い破るタイプもいるんです。
――つまり、別の寄生バチにやられていると?
大槻:うん、別の種類のハチが入ってる可能性がありますね。
これは、たぶんあまり知られていないと思いますよ、マイナーな生き物なんで。
冷静な雰囲気ながらも、じわじわと熱い想い。
――言っちゃってよかったんですか!?
大槻:いや、あ、アレだったら書かないで‥‥。
いや、どっちでもいいですけど‥‥。
僕は一応、植物が専門ということでここにいるんですが
虫とかバクテリアとか、何でも研究しています。
本当はもっと植物の研究をやれって言われてますけど(小声)。
――小声で言っても記事にしますからね!(笑)。
大槻:でも、生き物達が季節の中で
どんな風に関わり合いながら生きていて
自然界が上手くいっているのか。
生き物のことを本当に知って、多様性について説明するには
全部ひっくるめて研究しないと分からないと僕は思っています。
クロマメゾウムシを見せようと、顕微鏡で確認する大槻さん。
大槻さんの話を聞いていると、自然の中で一生懸命生きている
植物や虫達が健気でカワイイヤツに見えてきました。
これからは身近にいる生き物にも、「なんでここにいるんだろう?」と
探求の目を向けてみようと思います!
DNA解析で、新種のナマズを発見!“ナマズマスター”
そして続いては、琵琶湖にいる魚達がいつの時代に生まれたかを
DNAから研究されているという田畑諒一さん。
2018年に、新種のナマズを発表して話題になりました。
DNA解析がご専門の田畑諒一さん。
――新種のナマズは、どこで発見されたんですか?
田畑:一番最初は、2010年に三重県で見つけました。
「タニガワナマズ」といいます。
DNAは、近い種類であるほどよく似た並び方をしているので、
僕ら研究者はそれを見ながら進化の順番を描いた系統樹を作るんですけど。
田畑さん著書の『ナマズの世界へようこそーマナマズ・イワトコ・タニガワー』を見ながら。
田畑:とってきた時は普通のナマズに近いだろうと思っていたら、
DNAを調べると、まさかのイワトコナマズと近いことが分かりました。
イワトコナマズは琵琶湖の岩場にしかいないので、
おかしいなと思って調査をしたら、
滋賀県より東側にいる新種のナマズだと分かったんです。
――滋賀県にはいないんですか?
田畑:多分、いないと思います。
このナマズの先祖はもともと滋賀から東海の辺りにわたって住んでいたと思われるんですけど、
約100万年前に鈴鹿山脈ができたのをきっかけに
西にいた祖先は琵琶湖に入っていってイワトコナマズになり、
東にいたのは川の上流で生き延びてタニガワナマズになったと推測しています。
オレンジの鈴鹿山脈を挟んで、右(東側)がタニガワナマズ、左(西側)がイワトコナマズ。
――そもそも、どうして三重県にナマズをとりに?
田畑:もともと僕は琵琶湖の魚を研究しているんですが、
琵琶湖の魚について知るには、他の地域の魚と比べるわけです。
――はい。
田畑:東海地方にしかいない天然記念物の魚「ネコギギ」の調査に行った時に
たまたまナマズがとれて、じゃあ琵琶湖のと比較しよう、と。
DNAは魚のヒレだけあれば調べられるので、ヒレを切ってナマズは逃して。
持ち帰って調べてみたら、普通のナマズよりイワトコナマズに近いぞと。
「DNAは魚のヒレで調べられるんですよ」と田畑さん。
――最初見た時から、変わったナマズだなと思われていたんですか?
田畑:いや、ぜんぜん。
ナマズの仲間は夜行性なので、夜になってから川に潜って調査するんですけど。
――夜に、潜るんですか!?
田畑:そう、シュノーケリングで潜ります。
――研究者さんって、大変‥‥。
田畑:山なのでシカとかイノシシもいますし、
潜っている時に頭の上で「ガサッ」て音がするとものすごく怖いです。
まっ暗な川に潜るので、突然目の前に大きな魚が現れたり。
相手も寝ボケてるんで、ぶつかってくるんですよ!
――恐ろしいですね。
ナマズと田畑さんをパチリ。
田畑:はい。そんな感じで夜に調査をしているので、早く帰りたい(笑)。
だからタニガワナマズを見つけた時も、暗いし帰りたいし
よく見ずにヒレだけ切って逃しちゃったんです。
そもそも、三重県にいる普通のナマズだと思ってますから。
――あの、図を見ていて思ったんですが
「普通のナマズ」っていう種類がいるんですか?
田畑:はい、正式名称「ナマズ」ってのがいます。
イワトコナマズとかビワコオオナマズって
漁師さんは大昔から見分けていたと思うんですが、
西洋から分類の概念が入ってきた時に
「日本のナマズは、ナマズ1種類」とされてしまったんです。
戦後になってやっと別々の名前が与えられて、今はこの4種類に分かれています。
日本のナマズは4種類。
田畑:ビワコオオナマズもイワトコナマズも琵琶湖にしかいないので、
三重県には当然、普通のナマズしかいないと思い込んでますよね。
それで持ち帰って調べると、この結果ですから。
――あれ?ってなりますよね。
田畑:はい、ドキドキしましたね。
研究の醍醐味というか、こうやって、
自分しか知らない発見に出会える瞬間があるんです。
それから何年後かの調査の時にもう一回とれて、
普通のナマズにしては細いな、お腹が黒いな、
やっぱり普通のナマズじゃないなと思っていたのですが、
僕自身はDNA分析をするのが研究の主なので。
ナマズのお腹にもいろいろな色があります!
田畑:だから「これは新種だ!」っていう正式な新種記載はできないんです。
――DNAだけで新種って言うことはできないんですか?
田畑:できません。
あくまで、形に基づかないといけないんです。
――では、いくらDNAが違っても、形が違わないと新種とは言えない?
田畑:はい。新種と呼ぶためには、
今までに知られているどの種類とも
違うことを証明しないといけない。
例えば数百年前に発見して名前が付けられたものだと、
今は標本しか残ってないんです。
当時の標本からはもうDNAが読めないので、そうなると形に頼るしかない。
「おとなのディスカバリー」展示室にはナマズの骨格標本も。
田畑:ちょうど僕と同世代の研究者で、
分類学が専門の日比野友亮さんという方と
一緒に調査を続けて、新種記載をすることができました。
――田畑さんの研究対象は琵琶湖の魚全般ということになるんですか?
田畑:そうですね。琵琶湖にいる40種類以上の魚を、同じように研究しています。
――ちなみに、一番好きなのは?
田畑:難しいですね!うーん、魚らしいのより、
ナマズとかウツセミカジカとか、変わった形のが好きかなぁ。
これが田畑さんの好きなウツセミカジカ。よく目をこらしてみると‥‥手前の黒のタテジマっぽいのがそれです。
――魚に興味を持たれたきっかけは?
田畑:釣り、ですね。小学生の頃バス釣りが流行っていて、
友達はみんないいルアーを持っている中で、
僕は父から「釣りするんなら、これあげるわ」って
リールも付いてない普通の竿をもらったら、まぁ釣れなくて。
そんな時に、目の前の水路なんかを泳いでいる小さい魚、
今思うとタモロコなんですけど、
それを釣って家に持って帰って飼ったのがきっかけです。
――釣りから、飼うことに興味が移ったと。
田畑:そこから釣った魚を飼ったり、熱帯魚を飼い始めたりして、
そうこうしているうちにこうなりました(笑)
「釣るよりも魚を飼うことが好きですね」と、クールな微笑み。
――じゃあお父さんが普通の竿をくれたから、今があるんですね!
田畑:うん、まぁ、分かんないですけど…
ハイテクな竿をもらっていたら、
シンプルな釣り好きになっていたかもしれませんね(笑)
――今もご自宅で何か飼われているんですか?
田畑:タナゴの仲間とか、ホンモロコとか。
妻には「びわ博で働いてるんだから、もう飼うのやめたら?」って冷たく言われてますが。
――厳しい!(笑) 今はどんな研究をされているんですか?
田畑:タニガワナマズと三重県の辺りに住んでいるナマズの関係を調べています。
遺伝分析をしたら、ちょっと面白い結果が出てきまして。
今実験をしているところなので、詳細はまだ言えませんが。
――やっぱり、ヒミツもあるんですね!
田畑:研究者の中では、まだ正式に論文にしていないことって
確定した事実ではないという認識なんです。
だから、まだ言えないヒミツもあります(笑)
知らないことだらけだったナマズの世界。
まだまだ解明されていない謎も多いのだとか。
田畑さんの次なる発見が楽しみです!
学芸員さん達に会いに行こう!
びわ博の学芸員さんは「会いに行ける学芸員」としても知られています!
この記事を読んで興味を持った方は、
ぜひ博物館にある「大人のディスカバリールーム」の「質問コーナー」へ。
学芸員さん達が、日替わりでさまざまな質問に答えてくれます!
スケジュールとそれぞれの専門分野はこちらからご確認ください。
(文:林由佳里 写真:若林美智子)
「琵琶湖博物館」のデータ
- 住所
- 〒525-0001 滋賀県草津市下物町1091
(→地図) - 電話番号
- 077-568-4811
- 鑑賞料金
- ・常設展示 750円(大人)/400円(高校・大学生)
・琵琶湖博物館常設展示・みずの森共通券 850円(大人)/520円(高校・大学生)
※小学生・中学生は無料 - 営業時間
- 9:30~17:00(最終入館16:30)
※新型コロナウイルス感染症対策のため当面の間、休館しています。営業情報は公式サイトでご確認ください。 - 休館日
- 月曜日(月曜が祝日の場合は開館)
- 公式サイト
- https://www.biwahaku.jp/
関連記事
▼400万年の古代湖・琵琶湖についても熱く語ってくれています!