Interview

日本の“時”は近江神宮から始まった。時の聖地で学ぶ時計職人たち

【近江時計眼鏡宝飾専門学校/滋賀県大津市】

「あと5分」

なんて寝ぼけながら目が覚めた時、
あなたはまず一日の始めに何を見ようとしますか。

おそらく「時計」ではないでしょうか。

じつは時計発祥の地ともいえる場所は、
滋賀県大津市「近江神宮」にあることをご存知でしょうか。

しかも、その“時の聖地”には、
全国から「時」を学ぶ人々が集まる
時計の専門学校がありました。

時計師を育てる場所、
「近江時計眼鏡宝飾専門学校」を取材しました!

“時”の発祥の地「近江神宮」

近江神宮

時の発祥の地があるのは滋賀県大津市、
琵琶湖の西の山裾に鎮座する近江神宮。

祭神は、小倉百人一首の第一首「秋の田の~」で有名な天智天皇です。
競技かるたの聖地として知られ、毎年日本一を決める大会が開催されています。

大化の改新の中大兄皇子の名でも知られている天智天皇には、
実はかるた以外にももう一つの顔がありました。

それは、「時の神様」であること。

時計館

飛鳥から遷都し、ここ大津の地に都(近江大津宮)があった671年、
漏刻という水時計を用いて初めて時を知らせたことから、
都跡に鎮座する近江神宮に「時の祖神」として祀られています。

その境内には漏刻や日時計など
さまざまな古時計が置かれ、

同じく境内にある時計館宝物館では
江戸時代に使われた和時計などの時計も展示されています。

さまざまな時計

天智天皇によって初めて時が知らされた6月10日は「時の記念日」とされ、
近江神宮では毎年この日に「漏刻祭」が執り行われます。

当日は時計館宝物館の無料公開、古代火時計の実演のほか、
各時計メーカーによる時計新製品の奉納が行われるなど、
時の発祥地ならではの行事もあります。

時計の聖地で「時計師」を育てる専門学校

時計の学校

じつはその境内には「時計の専門学校」という
ディープな時計スポットがあるのをご存知でしょうか?

天智天皇が時を知らせた地で、時を知らせる職人たちが生まれ続けている……。

これはぜひ伺ってみるしかありません!

ということで、やってきました
「近江時計学校」こと、近江時計眼鏡宝飾専門学校。

近江時計学校を含め、認可を受けた時計専門学校は
全国になんと3校だけ。

そして今回、お話をお伺いするのは染矢泰輔先生です。

染矢先生

染矢泰輔(ソメヤタイスケ)
近江時計学校出身。卒業後の生徒の進路は、メーカーの製造や修理、販売、家業を継いだりする人がほとんど。今年も既に大手時計メーカーに内定済みの生徒さんも。そんな中、染矢先生は「とにかく細かい作業が好きですきで…」時計の技術にいまだ魅せられているのだとか。北は北海道、南は熊本と、全国から集まる生徒のために、じつは“ふなずし”を校舎の片隅で漬けて、滋賀の味をふるまっているのは意外と知られていない。

時計の内部で活躍する小さな宝石の秘密

取材の様子
「どうぞ」と案内された職員室には古い時計がたくさん。
どれも授業で使う教材なのだそう。
かすかに聞こえるチクタクという時計の針の音に包まれながら
取材がスタートしました。


まず目に飛び込んでくるのは、テーブルの上に置かれたこの部品。
分解された機械式時計の部品がずらりと並んでいたのですが……

とにかく細かくて小さい!

歯車なんて目を凝らしてようやく形がわかるものですし、
ネジなんてもはや砂粒レベル。

それらが組み合わさって動く機械式時計の内部構造を眺めていると、
まるで宝石を散りばめた芸術作品でも鑑賞しているようで。

話す先生

「実際に時計には宝石が使われているんですよ」。

え!

「時計の軸を受ける部分には、摩耗を防ぐためにルビーが使われているんです」。

その数は一つの時計に対しだいたい7~20個ほど。

「軸を傷めないためにはルビーほどの硬度が必要なんですよ。
そのおかげで時計を長く使っていけるわけです」。

教科書

ルビーにそんな役割があるなんて意外でした。「宝石だけどお飾りじゃないんだぜ」と、
時計の中から誇らしげな声が聞こえてきそうです。

「ちなみにそのルビーを、1000分の数ミリ動かすだけでも
時計の精度は変わってきてしまうんですよ」

せ、せんっ!? 

時計内部

人間の髪の毛の太さで100分の何ミリという話ですから、もう想像もつかない世界です。
そしてその世界では、工具の状態や指先の感覚、
部品の扱いなどにわずかでも狂いが生じると、
それがいとも簡単に時計の狂いへとつながってしまいます。

しかしそんな世界に身を置く染矢先生は

「それが難しくもあり、楽しいところ」と話します。

精密な動作と、手作業の美しさ


私たちが取材させていただいた時はちょうど授業中で、
講師の染矢泰輔先生が見守られる中、
生徒さんたちが黙々と時計の組み立て作業に取り組んでいました。

手作業

素人ではさっぱりわからない説明図を頼りに、
生徒さんたちはピンセットや指で慎重に部品をはめ込んでいきます。

手作業02

傍目で見ていても実に細かい作業……。
見学していると、先生による部品の削り加工の実演も見させていただけることに。

削り加工

削っていくのは旋盤に取りつけられた、ボールペンの芯ほどの太さの金属棒。
工具を握る指先の感覚だけを頼りに、
ミリ以下の精度で寸分の狂いなく削られていきます。
1000分の数ミリ動かすだけで、
時計の精度が変わってしまう繊細な作業です。

その精密な動作はまるで、先生の体そのものが時計仕掛けで動いているかのようでした。

教室の様子

ちなみに、時折肩慣らしとして「ピンセットでネジを運ぶタイム」を
生徒さん同士で競われることもあるそう。

ユニークな遊びに思えて、実は立派な練習の一つ。
「道具の使い方や感覚、そしてきちんと『修正』ができているか確かめています」。

髪の毛1本のミクロの世界を“修正”する技術

実演

ところでみなさん、ここで言う「修正」とは一体なんだかわかりますか?

「この場合ではピンセットのことです。研磨を怠り、先端にわずかでも傷があると、
つかんだネジがパチンと飛んでいってしまいます」

時計職人にとって時計の知識はもちろん、
自分が使う工具の製作や手入れなども大事な”修正”の技術であるとのこと。
たとえるならそれは、武士が刀の手入れを怠らないようなもの。
職人としてはむしろ当たり前のことなのかもしれません。

「これ、ピンセットの先端に傷がついているでしょう?」

そう話す先生の手には、何の変哲もないピンセット。
え、傷? 目を凝らしても、それらしい傷は見当たりません。

顕微鏡

しかし顕微鏡で覗いてみて一目瞭然。ピンセットの内側には、
髪の毛1本の幅にも満たないほどの擦り傷がいくつもついていました。

肉眼でもわからないような傷ですら、作業に影響を及ぼしてしまうなんて。

時計の聖地にある、時計の専門学校というディープなスポット。
我々が想像していた以上に時計の世界って奥深い。

古い時計の教材

話を聞き終えた後、ご厚意で倉庫の方も見学させていただけることに。
倉庫には古い時計や珍しい時計が納められていて、
一つひとつ手にとっていると1日では終わらないほど膨大な数!
これも授業の教材で使うものだそう。

時の発祥の地が“今”に知らせるもの

近江神宮

時計は時間を測る物差し、とよくたとえられます。

漏刻や日時計から始まった時計は、機械式や電池式とその目盛りを細かくしていき、
今や100億年に1秒しかずれないという時計も登場しつつあります。

時計のサンプル

ただ、それにつられて人間の生活も秒刻みになっていき、
「時短」や「倍速視聴」など、現代ではいかに効率よく
時間を消費するかに重きを置いているような気がします。

でも、機械式時計の精密な内部機構を眺めていると、こう思う時があります。
「まるで太陽系や天体図を眺めているみたいだ」。

なるほど、教室でルーペをつけて時計を覗きこんでいた生徒さんたちの姿が、
望遠鏡で宇宙を観察する天文学者のように見えたのも納得です。

宇宙に果てがないように、そもそも時間は物差しで測れるものではないのかもしれません。
平等に与えられた時間の感じ方は人それぞれで、その使い方に正しいも悪いもなくて。

時計がずらり

取材を終えて校舎を出る際、壁にずらりと並んだ掛け時計の、
カチ、コチ、というそれぞれ異なる音色が、
私に向かって「自分のペースでいいんだよ」と知らせてくれているようでした。

かつて天智天皇が時を知らせた地に鎮座する近江神宮。
そこから巣立ってゆく時計師たちは、
今を生きる私たちにどんな音を知らせてくれるでしょうか。

(文:結城 弘 写真:山本陽子 編集:亀口美穂)

記事を書いた人
結城 弘/滋賀県出身。小説家・ライター。滋賀が舞台として登場する小説『二十世紀電氣目録』『モボモガ』を執筆。趣味は旅行、レトロ建築巡り、カメラ片手に散策、焚き火。旅先の地酒を味わいつつのんびり鉄道旅も好き。noteにて滋賀の話題や旅行記事を発信中。Twitter(@yhiroak

『近江時計眼鏡宝飾専門学校』の情報

住所
滋賀県大津市神宮町1-1
電話
077-522-2200
受付時間
9:00~17:00(平日のみ)
公式サイト
http://www.tokei-co.org/page1

(記事公開日:2023年6月9日/最終更新日:2023年11月10日)

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