カルチャー

滋賀から日本の出版を変えた大発明!”ガリ版”の歴史を伝える『ガリ版伝承館』

【ガリ版伝承館/滋賀県東近江市】

ガリガリ、ガリガリ……

この音は、明治の時代において、
誰しもが発信できるスマホのような大発明を作った音。

日本の出版文化は、
この独特の音を出す印刷器に
支えられてきたと言っても
過言ではないかもしれません。

印刷器の名は通称”ガリ版”

誰でも使えて電気もいらず、
安くて早くてたくさん刷れる。

生み出したのは、
「発明王」と呼ばれた
滋賀生まれの父子でした。

世紀の大発明の歴史を伝える『ガリ版伝承館』

その発明王の本宅は、
東近江市蒲生岡本町にあります。

洋館

静かな集落の中に佇む洋館がある本宅は、
現在『ガリ版伝承館』として活用されており、
発明者の業績やガリ版印刷の歴史を
今に伝える資料が保存・展示されています。

入口

では早速中に入り、
貴重な資料を拝見するといたしましょう!

……と、いきたいところですが。

そもそも、”ガリ版”とはいったい何なのでしょう?

日本の出版を一変させたガリ版

ガリ版

ガリ版の正式名称は「謄写版(とうしゃばん)」
明治から昭和にかけて普及した簡易印刷器のことです。

ローラー

ヤスリの上に置いた
原紙と呼ばれる紙を鉄筆(てっぴつ)でこすると、
こすった部分に無数の穴があきます。

その原紙の上からローラーを転がすと、
インクが穴を通り抜けて紙に文字や絵が
印刷される仕組みです。

削りシーン

原紙を置いたヤスリの上で鉄筆を動かした際に
「ガリガリ」と音がすることから、
“ガリ版”の名がついたとされています。

学級新聞

昭和後期頃までは、
学校のテストや文集の作成に
ガリ版が使われていたので、
懐かしいと思われる方も
おられるのではないでしょうか。

ガリ版が生まれたきっかけは、万博とエジソン

ガリ版を発明したのは
滋賀生まれの初代堀井新治郎と
耕造(二代目堀井新治郎)父子です。

初代

初代新治郎は明治16(1883)年に
岐阜県御用係という官職に就き、
銘茶の輸出や米質の改良に従事していました。

しかし指導書などを大量に刷る際に
手軽に印刷を行う手段がなかったことから、
次第に簡易印刷器の開発を志すようになります。

本宅正面

その後、耕造(二代目新治郎)の養父として
堀井家に迎えられた初代新治郎。

官職を辞し、印刷器の研究のためにシカゴ万博に赴くと、
エジソンの「ミメオグラフ」という印刷器と出会い、
これを日本に持ち帰りました。

帰国した初代新治郎は、
土地を売却した資金で上京していた耕造とともに
東京でミメオグラフの研究と改良を重ねていきました。

庶民が情報を発信できる時代が来た

研究費がかさみ生活が困窮しても
二人はあきらめずに研究を続け、
そしてついに明治27(1894)年に
「謄写版」が完成しました。

その年の日清戦争で軍に採用されたほか、
学校や民間からも注文が相次ぎ、
謄写版は全国へと広まっていくにつれて
“ガリ版”と呼ばれるようになりました。

戦前

場所も選ばず、誰でも扱え、
早く大量に刷れたガリ版。

値段も安価だったため、
庶民が手軽に情報発信を行える時代を
もたらしました。

資料

まるで、現代人がSNSや動画サイトを使って
情報発信を気軽にできるようにした
スマホのように画期的な発明だったのです。

被災地や極地でも。活躍の場を選ばないガリ版

その後もガリ版の改良を重ねていく堀井父子ですが、
1923年に関東大震災が東京を襲います。

震災記録

本社の「堀井謄写堂」も大きな被害を受けますが、
東京の印刷所が軒並み倒壊したことから、
電力を必要としないガリ版が
一時的に官報などの印刷を請け負いました。

南極新聞紙面

戦後になってもガリ版の活躍は続き、
なんと南極観測船「宗谷」にも持ち込まれ、
隊員同士の親睦や情報共有を目的とした
「南極新聞」の発刊にも活用されました。

学級新聞

徐々にコピー機が台頭し始めた時代になっても
小ロットの印刷ではガリ版のほうが安くて早く、
手書きのほうが読みやすかったことから、
アニメの台本や学校の学級通信など、
あらゆる場でガリ版は活躍し続けました。

サザエさん

堀井父子が生涯で残した
発明は合わせて884件。

改良機

発明王と呼ばれた父子の記録や、
ガリ版によって刷られた印刷物などは
今も伝承館の資料として展示され、
その中にはあの”元祖”発明王エジソンからの
手紙も残されています!

エジソンの手紙

ガリ版を体験してみよう!

「よかったら、ガリ版を体験してみますか?」
「え、いいんですか!?」

館長

館内を案内してもらっていた
東近江市博物館構想推進課の杉浦隆支さんのご厚意で、
なんと鉄筆(てっぴつ)で原紙を削る工程を
体験させていただけることに!

原紙

用意された原紙におそるおそると、
鉄筆で文字を削っていきます。

削る

ガリガリ、ガリガリ……

卵の殻を削るイメージでいたのですが、
実際はそれよりもはるかに原紙はもろく、
鉄筆をほとんど滑らせるだけで文字が書けました。

鉄筆

ガリ版の由来になったガリガリ音や
鉄筆に伝わる感触が未体験で心地よく、

「文字小さすぎるでしょ!」
「本当にガリガリ音がするんだね」

と、私たちは夢中になって交代交代で
自分たちの名前を削りました。

体験会場

一般の方も事前予約制でガリ版体験が可能で、
建物の向かいにある『がりばん楽校』にて
参加者は絵はがきや名刺作りなどを体験できます。

パンフレット

子どもたちはもちろん、かつてガリ版の印刷物に
親しんだ大人たちも今なお夢中にさせるガリ版。

その便利さで半世紀以上にもわたって
日本の出版や印刷文化を支え続けてきましたが、
やはり発展を遂げたプリンターには敵わず…
次第に数を減らしていったガリ版は
ついに1987年に生産終了を迎えました。

レトロ

今回の体験に用いた原紙も
あとはもう各地に残る在庫のみということ。

あのガリガリという音は消え、
やがては記録でしかその存在を
知ることができなくなるのでしょうか。

実用からアートへ。「孔版画」の世界

実は、ガリ版は現代でもとある形で
活用され続けています。

洋館1階

そのことがわかる展示室があるということで、
私たちは本宅に隣接する洋館へとやってきました。

階段

「今まで2、3人転げ落ちていくのを見ましたよ」
という急階段を上って2階にいくと、
そこにずらりと展示されていたのは、
色とりどりの絵画でした。

展示品

なんとこれらの絵はすべてガリ版で刷られたもの!
「孔版画(こうはんが)」と呼ばれる絵画なのだそうです。

さすがは活躍の場を選ばないガリ版。
実用からアートの世界に転身していたとは驚きでした。

油絵

油絵のようなタッチもあれば、
浮世絵のように繊細な作品も。

浮世絵

多色刷りであればあるほど、
刷る際に少しのズレも許されないというのですから、
過程を知っているだけに絵を見ていると気が遠くなりそうです。

絵はがき

室内にはガリ版の年賀状や
絵はがきも多数展示されていました。

こんなハガキが郵便受けに入っていたら
気持ちがほっこりしそうだなと
その場面を想像してしまいます。

館長笑顔

ガリ版伝承館について、
杉浦さんはこう語ってくれました。

「日本の出版を支え続けた
ガリ版というものがあったんだと。
それを発明したのは堀井新治郎父子で、
発祥の地はここなんだと伝え続ける。
それがガリ版伝承館が目指すものです」

二階から

遠くに滋賀の主だった山々を望み、
田畑にぽつぽつと点在する集落の中で、
独特な存在感を放つガリ版伝承館。

洋館入口

日本の出版文化を一変させた発明王の足跡と、
時代を支えた印刷器の歴史をガリガリと刻み、
今の時代に写し続けています。

記事を書いた人
結城弘/滋賀県出身。小説家・ライター。滋賀が舞台として登場する小説『二十世紀電氣目録』『モボモガ』を執筆。趣味は旅行、レトロ建築巡り、ご当地マグネット集め、乗り(呑み)鉄、お酒。noteにて滋賀の話題や旅行記事を発信中。各SNS⇒ X(旧Twitter) Instagram

『ガリ版伝承館』の詳細

住所
滋賀県東近江市蒲生岡本町663
開館時間
午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
開館日
土・日曜日(ただし年末年始は休館)
入館料
無料
電話番号
月~金 0748-24-5574(文化スポーツ部博物館構想推進課)
土・日 050-5802-2530(ガリ版伝承館)
公式サイト
https://www.city.higashiomi.shiga.jp/0000000117.html
ガリ版体験予約サイト
https://gamo-gariban.com/0000000117.html
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