カルチャー

“世界の中心”近江八幡を愛し、愛され続けたヴォーリズとその西洋建築を訪ねて

【ウィリアム・メレル・ヴォーリズと近江八幡】

近江商人の屋敷がならび、
昔ながらの風情が残る近江八幡。
そんな和の歴史を感じる街に
モダンな洋館がひっそり佇んでいます。

手掛けたのは建築家の
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。

建築、教育、医療と、
あらゆる分野で近江八幡に貢献し、
あの『クラブハリエ』が生まれたのも
ヴォーリズがきっかけだといわれています。

建物に注がれる優しい光と風が、
今もなお訪れる人々を癒し続ける
近江八幡のヴォーリズ建築を訪ねました。

もしかしたらあなたの街にも!?全国に残るヴォーリズ建築

ヴォーリズ肖像

建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ。

名前は聞いたことがあっても、
どんな建物を手掛けたのかまでは
パッと浮かんでこない方も多いのではないでしょうか。

では、大阪にある「大丸心斎橋店を設計した人」と言えばどうでしょう。

大丸心斎橋店

京都なら、四条大橋の傍にある「東華菜館の建物を設計した人」

東華菜館

または、アニメ『けいおん!』の主人公たちの学校のモデルである
「豊郷小学校を設計した人」と言えば、
「ああ、あそこか!」と頷く方もおられるのではないでしょうか。

豊郷小学校

20世紀初頭にアメリカから来日し、
教会、学校、ホテル、百貨店、そして住宅と、
明治から昭和にかけてヴォーリズが
手掛けた建築はなんと2500軒以上!

山の上ホテル

今なお全国に200軒以上の建物が現存し、
そのうち半分ほどが文化財にも指定されています。

全国にヴォーリズの建築が点在する中、
じつは滋賀県の近江八幡市には『旧伊庭家住宅』など
20軒以上ものヴォーリズ建築が現存しています。

旧伊庭家住宅

なぜ近江八幡にヴォーリズ建築が集まっているのか。
ヴォーリズとどういう関わりがあったのか。

近江八幡に残る彼の建築を訪ねながら、
ヴォーリズの足跡を辿ってみることにしましょう!

神から示された土地”近江八幡”

1880年にアメリカのカンザス州で生まれたヴォーリズは、
将来は建築家になることを夢見て大学に進学しますが、
在学中に聞いた中国でのキリスト教伝道の
壮絶な様子を伝える婦人の演説に衝撃を受けます。

その時、婦人の顔がキリストの顔に変わり、
「お前はどうするのか?」と
問われたように感じたヴォーリズは、
建築の夢を諦め、海外伝道の道を志すことになったのです。

ヴォーリズ大学時代

そして明治38(1905)年2月2日。
YMCAの紹介で滋賀県商業学校(現八幡商業高校)の英語教師として
ヴォーリズは近江八幡の地にやってきました。

着任すると早速放課後にバイブルクラスを開講し、
欧米文化や英文の和訳だけでなく、
キリスト教の教えも熱心に広めていきます。

バイブルクラス

多くの生徒たちから慕われていたヴォーリズですが、
仏教色が強い地元の反発をやがて招くことになり、
わずか2年で辞職してしまいました。

しかし、

「八幡は神から最初に示された土地だ」

と、ヴォーリズは海外伝道という信条を曲げず、
近江八幡の地に留まり続けることを決意します。

教育者、建築家、実業家として

アンドリュース記念館

その後ヴォーリズは、八幡YMCA会館(現アンドリュース記念館)の
設計を手掛けたのを皮切りに、建築設計事務所を設立。
生活の糧を得るため建築の仕事を請け負うようになります。

池田町西洋住宅街

近江八幡市内には彼の大正時代の建築がいくつか残っており、
池田町にある赤レンガ壁が特徴の西洋住宅街は、
支援者や教え子の住居として建てられただけでなく、
モデルハウスとしての役割もありました。

また出町通り沿いにある『旧八幡郵便局』は今も民間の手で大切に守られ、
開館日であれば予約なし・料金なしで見学することができます。

郵便局

建築に励む一方で、本来の目的であるキリスト教の伝道を実践するため、
教え子たちとともに『近江ミッション(近江基督教伝道団)』を結成します。

メンターム

医療、教育、出版と幅広く事業を展開していき、
その中にはメンソレータム(現・近江兄弟社メンターム)の
販売も含まれていました。

みんなが一緒に生きられる社会を目指して

ツッカーハウス

そうした建築やメンソレータムの販売で得た利益のほとんどは社会福祉に充てられ、
郊外に結核療養施設である『近江療養院(現・ヴォーリズ記念病院「ツッカーハウス」)』を
開院するなど、不治の病と恐れられた結核治療には特に心血を注ぎました。

五葉館外

光や風をたっぷり取り入れられるように設計されており、
差別や偏見の対象となりやすかった結核患者を救いたいという
ヴォーリズの強い想いが建物から伝わってくるようです。

五葉館内部

近江ミッションは後に『近江兄弟社』と名前を変えますが、
その名には「人類はみな仲間」という、
キリスト教の博愛精神が込められていました。

世界の中心・近江八幡を”神の国”にする

記念館外観

太平洋戦争が始まった際も、
「一柳米来留(ひとつやなぎめれる)」の名を得て日本に帰化し、
近江八幡に留まり続けたヴォーリズ。

彼が晩年を過ごした住居は、
『ヴォーリズ記念館』として今も市内に残っています。

中に入ると、「神の國」とヴォーリズ自らが書いた額がかけられていました。

神の国

「簡単に言うと、これは”良い社会”という意味合いですね」

そう説明するのは、ヴォーリズ記念館館長の藪秀実さんです。

「ヴォーリズのサインに『マルに点』という図があるんですけど、
この中央の小さな点は『近江八幡』を表しているといわれています。
つまり『近江八幡は世界の中心』と言いたいんですね」

ヴォーリズサイン

「そしてこの額の『國』の字は、よく見ると点が抜けてるでしょう?
これは世の中の不完全さを表しているのかもしれないし、
その不完全な社会の中心に『近江八幡=点』を置いて、
『神の國』という理想郷に近づけたい、
という想いが込められているのではないでしょうか」

自分が立っている場所から、世界を良い社会に変えていきたい。

ヴォーリズは「神の国」の理想を、
建築、教育、医療といった目に見える形で
ここ近江八幡から実践していったのです。

百年使い続けられる建物を

記念館室内

「建物の風格は、人間と同じくその外見よりもむしろその内容にある」

ヴォーリズが遺したその言葉の通り、
彼が手掛けた住宅には華やかな装飾の類はなく、

「階段の踏み板を広くし、安心して上り下りできるように」
「暖炉を置いて家族の憩いの場を作る」

など、ささやかでありながら住む人が快適に長く使っていけるような
工夫があちこちに施されています。

暖炉

豊かな生活のためには、
「家族の健康が大事」と考えていたヴォーリズが、
特にこだわっていたことがあります。

それは「光と風」です。

窓の光

結核にかかりやすい環境であった当時の日本家屋を
憂いていたヴォーリズは住居の窓を大きく設計し、
ウォーターハウス記念館のようにサンルームを設置するなど、
光や風をたっぷり取り込めるようにしました。

「みんなが一緒に豊かに生きられる社会」を目指して
種をまき続けたヴォーリズ。

昭和33(1958)年に彼の長年に渡る功績が認められ、
近江八幡市名誉市民第1号となったのち、
昭和39(1964)年に83歳でその生涯を閉じました。

近江八幡に今も残る”ヴォーリズ”

人々を愛し、また地元の人々からも愛され続けたヴォーリズ。
彼が携わった病院から医師が往診にやってくると、
「”ヴォーリズ”さんが来てくれはった」と言う人も多かったそうです。

ヴォーリズ銅像

バームクーヘンで有名な『クラブハリエ』が生まれたのも、
『たねや』の店舗がヴォーリズとご近所付き合いがあったことで、
洋菓子などの西洋文化に触れたのがきっかけといわれています。

ハリエという名前は、ヴォーリズの自宅にあった
ステンドグラス(玻璃絵)からきているという逸話もあるほど。

ヴォーリズとたねやの関係は今も続いていて、
たねやの近江八幡日牟禮ヴィレッジでは、
要予約制でヴォーリズ建築の建物を利用した
特別室でスイーツを楽しめます。

ウォーターハウス記念館

また市内にはヴォーリズ建築を利用したカフェが2店舗あるほか、
池田町洋風住宅街にあるウォーターハウス記念館は民泊施設となっており、
サンルームや階段、キッチン、リビングなどに施された
ヴォーリズの意匠を楽しみながら宿泊することができます。

■関連記事
ノスタルジックな空間で贅沢パフェをいただく、ヴォーリズ建築のカフェ『OZEN』
https://shigatoco.com/toco/ozen/

時空を超えて伝わる光と風の物語

藪館長

「美術館で作品にこめられたものを自分に重ねるように、
ヴォーリズ建築を訪れる人には、その建物で何がなされてきたか
ぜひストーリーを感じてほしいです」

と藪館長は言います。

「ストーリーに共感できたら、
今度はあなたの立つ場所を世界の中心にしてみてください。
難しく考えなくていいんです。
『隣の人とちょっと仲良くしてみようかな』とか
小さなことでいいから、実践してみる。

近江八幡でヴォーリズがまいた種が、
建物を通じて人から人に伝わって、
そうして種をまく人が増えていく。
これって時空を超えたコラボレーションですよね」

銅像2

今も数多くのヴォーリズ建築が残っているのは、
決して彼の名が有名だったからではなく。

たとえその名や顔を知らずとも
ヴォーリズの精神を建物から受け継ぎ、
種をまき続けた人たちがいたからでした。

パネル

近江八幡を愛し、愛し続けた彼が
世界の中心に建てた西洋建築たち。

優しい光と風が届けてくれる物語を
あなたも味わいにきてみませんか。

関連イベントの案内

ヴォーリズ没後60年となる2024年、
2月15日(木)~ 3月17日(日)にかけて
近江八幡市ヴォーリズ学園ハイド記念館にて、
建築図面展『窓と光の対話 窓から読み解くヴォーリズの思想』が
開催されます。

3月2日(土)に行われる
トークイベントは予約不要で参加できますので、
この機会にヴォーリズ建築に深く触れてみてはいかがでしょう!

図面展

建築図面展『窓と光の対話 窓から読み解くヴォーリズの思想』
2024年2月15日(木)~ 3月17日(日)10:00~16:00
ヴォーリズ学園ハイド記念館(月曜休館) 入館料500円
トークイベント:2月17日(土)14:00~16:00「W.M.ヴォーリズと窓」
3月2日(土) 14:00~16:00「W.M.ヴォーリズと近江八幡」
問い合わせ:学校法人ヴォーリズ学園広報部
TEL 084-832-3995
Email save-build@vories.ac.jp

記事を書いた人
結城弘/滋賀県出身。小説家・ライター。滋賀が舞台として登場する小説『二十世紀電氣目録』『モボモガ』を執筆。趣味は旅行、レトロ建築、乗り(呑み)鉄、ご当地マグネット集め、お酒。noteにて滋賀の話題や旅行記事を発信中。各SNS⇒ X(旧Twitter) Instagram

『ヴォーリズ記念館』の詳細

住所
滋賀県近江八幡市慈恩寺町元11
営業時間
9:00〜16:00(要電話予約)
休館日
月曜・祝日・その他不定休(12月1日~翌年1月15日までは展示入替えのため休館)
入館料
500円(中高生、障がい者手帳お持ちの方300円、小学生以下無料)
電話番号
0748-32-2456
公式サイト
https://vories.com/

 

 

 

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